遅日ちじつ)” の例文
ところが、春の雪がまだらに消えた跡へ物を育む麗かな遅日ちじつあまねくなると、灰色の滑らかな根雪の膚からポタポタと真珠のような露の玉が滴り落ちる。
早春の山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
小野さんは両肘りょうひじを鉄の手擦てすりうしろから持たして、山羊仔キッドの靴を心持前へ出した。煙草をくわえたまま、眼鏡越に爪先の飾をながめている。遅日ちじつ影長くして光を惜まず。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
国境の駅の両替遅日ちじつかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
えん遅日ちじつ多し、世をひたすらに寒がる人は、端近くかすりの前を合せる。乱菊にえり晴れがましきをゆたかなるあごしつけて、面と向う障子のあきらかなるをまばゆく思う女は入口に控える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春院しゅんいんいたずらにけて、花影かえいおばしまにたけなわなるを、遅日ちじつ早く尽きんとする風情ふぜいと見て、こといだいてうらみ顔なるは、嫁ぎおくれたる世の常の女のならいなるに、麈尾ほっすに払う折々の空音そらね
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)