索漠さくばく)” の例文
仏印の頃は、人目のないところでは、すぐ、二人は寄り添ひ、手を握りあつてゐたものだがと、ゆき子は、索漠さくばくとした二人の現実を淋しいものに考へてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
しかもなお索漠さくばくたる砂上を踏んで歩いていると、おのれの変り果てた姿をもう一度ふりかえって見て、しかもどうにもならない微笑が浮んでくることを感じた。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
不二山ふじさんと、大蘇鉄だいそてつと、そうしてこの大理石の墓と——自分は十年ぶりで「わが袖の記」を読んだのとは、全く反対な索漠さくばくさを感じて、匆々そうそう竜華寺の門をあとにした。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ハムレットにとって正覚はよろこびではなく、苦い、索漠さくばくたるものでした。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
遠く北の方に樽前山たるまへさんの噴火の煙が見えるのも妙に索漠さくばくたる感じを誘つた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
講和問題かうわもんだい新婦しんぷ新郎しんらう涜職事件とくしよくじけん死亡廣告しばうくわうこく——わたくし隧道トンネルへはひつた一瞬間しゆんかん汽車きしやはしつてゐる方向はうかうぎやくになつたやうな錯覺さくかくかんじながら、それらの索漠さくばくとした記事きじから記事きじほとんど
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はこのまま、本郷行ほんごうゆきの電車へ乗って、索漠さくばくたる下宿の二階へ帰って行くのに忍びなかった。そこで彼は夕日の中を、本郷とは全く反対な方向へ、好い加減にぶらぶら歩き出した。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
講和問題、新婦新郎、涜職とくしよく事件、死亡広告——私は隧道へはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような錯覚を感じながら、それらの索漠さくばくとした記事から記事へほとんど機械的に眼を通した。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)