紅葉館こうようかん)” の例文
それは、芝山内しばさんないの、紅葉館こうようかんに、漆黒の髪をもって、ばちの音に非凡なえを見せていた、三味線のうまい京都生れのお鹿しかさんだった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
鏡花氏と僕とが、初対面したのは、「風流線ふうりゅうせん」を藤沢、喜多村が本郷座に上演した時か、それとも芝の紅葉館こうようかんで、第何回目かの紅葉祭を催した時か。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
葉子が東京に着いてから一週間目に、宿の女将おかみの周旋で、しば紅葉館こうようかんと道一つ隔てた苔香園たいこうえんという薔薇ばら専門の植木屋の裏にあたる二階建ての家を借りる事になった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
路にぬぎ捨てある下駄を見ると年若の女ということが分る……僕は一切夢中で紅葉館こうようかんの方から山内へ下りると突当つきあたりにあるあの交番までけつけてその由を告げました……
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その第一回は二十八年二月はじめの月の明るい夜で、場所は芝公園の紅葉館こうようかんであった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だが、母の弱さにも嘆息ためいきした。母は合資ごうしの、倒れかけた紅葉館こうようかんを建て直して、もうけを新株にして、株式組織に固め、株主をよろこばせたうえで、追出おいだされた。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
乱れたおもいで一ぱいだったと思った頭のなかは、案外からっぽだったと見えて、わたしは何時いつかよい気持ちになって、ある年のある秋の日に、あの広々した紅葉館こうようかんの大広間にいて
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
紅葉館こうようかんという、今でこそ、大がかりな料亭も珍しくないが、明治十四年ごろの創立で、華族や紳商が株主になって、いわゆる鹿鳴館時代の、一方の裏面史を彩どる役目をもっていたうちが