痴態ちたい)” の例文
神谷はムッとしたが、恩田のさいぜんの形相ぎょうそうを思い出すと、恐ろしくて手出しができなかった。狂人の痴態ちたいとして見のがすほかはなかった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
障子をあけるなら、あけるがいいと、俺は俺の痴態ちたいをそこに客観的に見るおもいで、その短いいっときの恍惚こうこつを楽しんだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
休暇で戦線から帰って来ている軍人たちである。めいめい自分の、そして自分だけの情婦と信じ込んでいる女が、寝台の痴態ちたいにおいて、優しく話しかける。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「いちいち挙げればきりがない。さほどな痴態ちたい悪業におよびながら、いまさらなんぞ、その白々しらじらしさは」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石川豊信いしかわとよのぶらと並んですこぶ妖艶ようえんなる婦女の痴態ちたいを描きまた役者絵もすくなしとせず。然れどもこの時代には役者絵の流行既に享保元文時代の如く盛んならず、その板刻ときはなはだ粗雑となるの傾きありき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ついに止みなんか、卿等けいら痴態ちたい
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
冷たいなめらかな蝋人の肌にかれて、小説家は狂気する。老人形師は彼の恋がたきである。その狡猾こうかつな術策と戦わねばならぬ。美女は彼を魅惑し、翻弄ほんろうし、あらゆる痴態ちたいをつくすであろう。
「悪霊物語」自作解説 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)