猛虎もうこ)” の例文
戸外には氷のような月光があふれていた。その月光の中の坦々たんたんたるアスファルト道を、一匹の猛虎もうこが、まるで奇怪なまぼろしのように走っていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
猛虎もうこに満ちたリシアの王メガルヨンと諸神に等しい偉大なるアジァクスとが、相格闘しながら投ずる影に、匹敵することができるであろう。
痣蟹はピストルを捨てると、猛虎もうこのように身をおどらせてジュリアに迫った。その太い手首が、ジュリアの咽喉部いんこうぶをギュッと絞めつけようとする。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たとえばやみの底にうずくまってかすかに息づいている獅子しし、或は猛虎もうこの発散するエネルギーと香りを感じさせる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
恰も猛虎もうこの絵の如く人を畏怖いふせしむるに足るけれども、見ように依ってはリョウマチの患者が骨を刺すような節々の痛苦をじっと我慢している時の表情に似ている。
と円陣の一かくがくずれると、もうかれらは、こらえもなくきあしをみだした。忍剣はといえば、その瞬隙しゅんげきに、おりをでた猛虎もうこのごとく、伊那丸のそばへかけだしている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
袁傪は、しかし、供廻ともまわりの多勢なのを恃み、駅吏の言葉をしりぞけて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎もうこくさむらの中から躍り出た。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
見れば不思議にも猛虎もうこの姿が浮ぶ。尾端を高く掲げ、前足をついて迫り来る風情がある。字体極めて雄健。傍らに並ぶ一本の竹。根強く張り、幹太く節固く葉重く垂れかかる。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
猛虎もうこをひつじの家にみちびくようなものだった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
猛虎もうこ一声、山月高し——」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
やがて、縫いぐるみの猛虎もうこは、ムックリと起き上がると、遠ざかっていく二人のあとを追って、ノソノソと歩きはじめた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
換言すれば獰猛どうもうである、しかも暴君のごとくにではなく、猛虎もうこのごとくに。それらの悪鬼は、難渋より罪悪に陥ってゆく。
「そんなどころでない。——甲山の猛虎もうこたおれたからは、猶予ゆうよもならぬ。世上に信玄の死が知れわたらぬうちこそじゃ。——藤吉郎、そちはこよいのうち発足して、横山へいそいで帰れ」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、猛獣はなかなかおだてに乗らず、にらみ合いをつづけたまま動かない。ただ、徐々に徐々に、猛虎もうこうなり声が高まって行くのが感じられた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は呆然ぼうぜんとしてその不思議な恐るべき変容を見守った、そして猛虎もうこが代言人と早変わりしたのを見るような驚きを感じた。