狭斜きょうしゃ)” の例文
その頃の狭斜きょうしゃの街たる妓院(遊女、白拍子のおき屋)のあるじにさえ、禅尼と呼ばれる者がいた。義経の愛人、白拍子の静の母は磯ノ禅尼であった。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし津村の気持では、自分の母が狭斜きょうしゃちまたに生い立った人であると云う事実は、ただなつかしさを増すばかりで別に不名誉ふめいよとも不愉快ふゆかいとも感じなかった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、高名な浮世絵師えがくところの美女も、みなその粉本ふんぽんはこの狭斜きょうしゃのちまたから得ている。美人としての小伝にとる材料も多くはこの階級から残されている。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
当時流行の気質かたぎ本を読み、狭斜きょうしゃちまたにさすらひ、すまふ、芝居の見物に身を入れたはもとよりである。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
余は芳幾の春色三十六会席しゅんしょくさんじゅうろくかいせきその他において、明治年間に残りし江戸狭斜きょうしゃの風俗に接する事を喜ぶ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すなわち音調の美と狭斜きょうしゃの情調とを中心にする歌から、——踊りのための歌から、——より深い感情を現わした歌に移り、そうしてそれにふさわしい旋律の深化と解放とを要する。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
親の脛を噛っていながら学業をよそに、狭斜きょうしゃちまたを放歌してゆく蕩児です。
死者の権利 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
良人の機嫌を取るという事も、現在の程度では狭斜きょうしゃの女の嬌態きょうたいを学ぼうとして及ばざる位のものである。男子が教育ある婦人をもくして心ひそかに高等下女の観をなすのは甚しく不当の評価でない。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そういう物好きの多いのは、やはり天下の狭斜きょうしゃの街のうちでも、この深川に越した所はないように思われる。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
萬龍夫人を中に挟んで里見君の花柳小説にあるやうな機智と皮肉に富む狭斜きょうしゃ趣味の会話を遣り取りしながら、一日中愉快に、たわいもなく暮らしてしまつたのであらう。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
興動けばただちに車を狭斜きょうしゃの地にるけれど家には唯らんうぐいすと書巻とを置くばかり。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
表向き、狭斜きょうしゃちまたで、幇間ほうかん(たいこもち)めかした業をやっていたが、喧嘩出入りが好きで、一面、男だて肌な風もある。もちろん、悪事の数々もやって来たろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)