牽引けんいん)” の例文
何等か革新的であるかの印象を与えつつ、而もその内容が不明なることが、ファッシズムが一部の人を牽引けんいんする秘訣ひけつなのである。
二・二六事件に就て (新字新仮名) / 河合栄治郎(著)
徒歩のみによる行軍の速度と、人力による車の牽引けんいん力と、冬へかけての胡地こちの気候とを考えれば、これは誰にも明らかであった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
葛岡は青年になるにつれて、それ等の友情の中身を、現に架け渡しつゝある安宅先生と自分との間の牽引けんいんの橋の上に立って親しいものに眺めた。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この時代に新たに門下に参じた人々の中には千駄木時代の先生の要素に傾倒した人とまたこの時代の先生の新しい要素に牽引けんいんされた人とがあって
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その顔を鼻の先に見ると、男性というものの強烈な牽引けんいんの力を打ち込まれるように感ぜずにはいられなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
中空という言葉は一方にも牽引けんいん力のあることを言うのであろうと宮のお恨みになるのを聞いていて、誤解されやすいことを書いたと思い、女は恥ずかしくて破ってしまった。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
本能というよりもむしろ、感じ難い見え難いしかも現実なる一つの牽引けんいんの情にすぎなかった。
書中、祁山きざんの戦況を縷々るると告げて、いまや魏軍の全力はほとんどこの地に牽引けんいんされてある。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある優越した感情の牽引けんいん眩惑げんわくが、その感情のせんさいな無思慮な対象へむかって、それほど働きかけるのだろうか。アッシェンバッハは毎日、タッジオの登場を待ちかまえていた。
いや、それより、自分の中からげ落ちようとしている栖方の幻影を、むしろ支えようとしているいまの自分の好意の原因は、みな一重に栖方の微笑に牽引けんいんされていたからだと思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
雪子は姉と妹の、それとは云わぬ心づかいなど、とんと気に留めてもいないらしい口調であったが、汽車はそれから又十五六分過ぎて、迎えに来た機関車に牽引けんいんされてようやくゴトゴト動き出した。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
先天の美は言う迄もないが後天の美に私は強い牽引けんいんを感ずる。閲歴が造る人間の美である。私が老人を特別に好むのは此の故もある。写真は人間の先天の美のみを写して後天の美をく捉えない。
人の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
相反する性格の牽引けんいんは、二人を間もなく離れ難きものにし、一八三八年から三九年にかけて、肺をわずらったショパンがスペインのマジョルカ島に転地した時は、サンドは同行してその看護を引き受け
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
どこを眺めても魅惑と牽引けんいんの種ならざるはない。
自分は君に牽引けんいんを感ずる
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
だが、そう言っても慧鶴に異性が眩惑するような若い肉体の香りの牽引けんいんがあったとも思えない。むしろ旺盛な精神力に慧鶴の肉体の男性的な一部分はスポイルされていたかも知れなかったのだ。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この阿能十には、従兄の大亀とはべつな、陰性にして強い牽引けんいん力がある。どうしても同じ闇の住人なら、魔の淵の底まで覗かせないうちはやまないという同化力だ。また非常な誘惑上手でもある。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
力強い牽引けんいんを感ずる
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)