そそ)” の例文
夕暮にこの蝉が鳴くと、妙に寂しい落ち着かない気分に誘い込まれるが、明方であると軽快な調子がにわか雨のそそぐように賑かだ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
このうそを、あらねばならぬことのように力説し、人間の本能をその従属者たらしめることに心血をそそいで得たりとしている道学者は災いである。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
蓬々ほうほうとして始まり、号々として怒り、奔騰狂転せる風は、沛然はいぜんとして至り、澎然ほうぜんとしてそそぎ、猛打乱撃するの雨とともなって、乾坤けんこん震撼しんかんし、樹石じゅせき動盪どうとうしぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
駈寄かけよる岸の柳をくぐりて、水は深きか、宮は何処いづこに、とむぐらの露に踏滑ふみすべる身をあやふくもふちに臨めば、鞺鞳どうとうそそぐ早瀬の水は、おどろなみたいつくし、乱るる流のぶんいて、眼下に幾個の怪き大石たいせき
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
葉子はぎょっとして、血の代わりに心臓の中に氷の水をそそぎこまれたように思った。死のうとする時はとうとう葉子には来ないで、思いもかけず死ぬ時が来たんだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
山頂近くの木立の中には、まだ二、三尺の雪は残っているけれども、麓は既に瑞々しい若葉の浅緑が暖い陽光にけむり、葉裏を洩れる日光は黄金の雨のようにそそいで来る。
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
彼をまとへる文は猶解けで、いはほなみそそぐが如くかかれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)