うるおい)” の例文
大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒なひとみの奥に、自分の姿があざやかに浮かんでいる。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いずれ趣致おもむきなきはなけれど、ここのはそれらとはさまかわりて、巌という巌にはあるが習いなる劈痕さけめ皺裂ひびりほとんどなくして、光るというにはあらざれど底におのずからうるおいを含みたる美しさ
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小女こむすめは散歩でもしているように、ゆっくりした足どりで歩いて来て、山西とれちがったが、擦れちがう拍子に、眉と眼の間の晴ばれとした黒いうるおいのある眼で山西の顔をうっとりと見た。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
苦痛と恐怖でぐいと握り締められた私の心に、一滴いってきうるおいを与えてくれたものは、その時の悲しさでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつ見ても蒼褪あおざめた顔をして、大きなうるおいのある眼でちょっと挨拶あいさつをするだけである。影のようにあらわれては影のように下りて行く。かつて足音のした試しがない。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しだいしだいに雨の方に片づいて、片づくに従って糸の間がいて見える。と云っても見えるものは山ばかりである。しかも草も木も至ってとぼしい、うるおいのない山である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高柳君はうるおいのない眼を膝から移して、中野君の幸福な顔を見た。この顔しだいで返答はきまる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)