死顔しにがお)” の例文
旧字:死顏
恐らくは、死顔しにがおを隠す為の、犯人のさかしらであろう。だが、似ている。こんなにも実在の人物によく似た人形のあろう道理がない。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人々の前に、少女の美しい死顔しにがおが始めてハッキリと現れたのだった。左胸部を中心に、衣服はベットリ鮮血せんけつに染っていた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昔し死んだ赤ん坊については、なおの事同情が起らなかった。彼はその生顔いきがおを見た事がなかった。その死顔しにがおも知らなかった。名前さえ忘れてしまった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
病床の顔は苦痛にゆがみ無残であったが、その死顔しにがおはむしろ安らかであった。ひと握りの小さな悲しい顔であった。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
中にももちろん大ぜいいる。ちょうど皆が、先生の死顔しにがおに、最後の別れを惜んでいる時だったのである。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども、偉大なルーベンスの画の方にむけたままのその死顔しにがおは、口許にかすかな笑を浮べたまま、あたりの人々に、「もうおそい」と答えているかのようです。
彼らはかくしてえみを含んで死んだ。悪僧といわるる内山愚童の死顔しにがおは平和であった。かくして十二名の無政府主義者は死んだ。数えがたき無政府主義者の種子たねかれた。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
大将へ首実検いたさするに指をもとゞりに三本入れた時に(右の手にて攫む)う髻を取って大将の前に備える時に死顔しにがおが柔かに見える、前が剃って有ると又たぶさつかむにも掴み易いと云うので
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
死顔しにがおが笑うとるようで、美しかった。死ぬ間際に、般若の五郎さんは自分が死んでから、東京に置いとくと、ろくなことはせんけ、おれのところに置いてくれ、ちゅうもんじゃけ、つれて帰ったんじゃ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「エエ、あたしもそう思うのよ。死顔しにがおに厚化粧ですもの、少しは相好が変る筈ですわ。一寸見たのでは京子さんに見えないけれど、でも、どっか似てやしないこと」
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は突然Kの頭をかかえるように両手で少し持ち上げました。私はKの死顔しにがお一目ひとめ見たかったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「妙子さんではないかというのだろう。僕もそれに注意しているんだが、少しも似ていないよ。生顔いきがお死顔しにがおとは相好そうごうが変るものだと云っても、こんなに違う筈はないよ」
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の死ぬ時には、こういう言葉を考える余地すら余に与えられなかった。枕辺に坐って目礼をする一分時いっぷんじさえ許されなかった。余はただその晩の夜半やはんに彼の死顔しにがおを一目見ただけである。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
読者は嘗つて、布引照子の死顔しにがおに奇妙なお化粧を施した一人物を知っている。それは黒い洋服を着た、青白い顔の小柄の男で、美術家の様にフサフサした長髪を肩のあたりまで垂れていた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
死顔しにがおっていうものは、変に違って見えるものだね。