松毬まつかさ)” の例文
板葺いたぶきの屋根は朽ち乾いて松毬まつかさのようにはぜ、小さな玄関の柱やはめ板は雨かぜにさらされて、洗いだしたように木目が高くあらわれていた。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
馬酔木あしびをベリベリ柴と呼び、松毬まつかさをチチリという類は、はじめは幼い者を喜ばせるためとしても、今は既に親々の方言になっている。
況して私どもの辿りついた十月なかばといふには無論のこと一人の客もなく、家には玄關からして一杯に落葉松からまつ松毬まつかさが積み込まれてあつた。
その時彼は眼前に青い長い丘が森の中から松毬まつかさのかたちに浮き出しているのを眺めた、丘の上には荒れはてた古城の沈黙のなかに立つ石の壁が見えた。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
杣人山中で栗鼠に会うに、杣木片そまこっぱすなわち斧で木を伐った切屑また松毬まつかさを投げ付けると、魔物同士の衝突だからサア事だ、その辺一面栗鼠だらけになると。
そこらに落ちている松毬まつかさを集めて火をつける。一時よく燃えそうに見えるが、じき消えてしまう。その消えやすいところを面白がっているようにも見える。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
わたくしは日々手籠てかごをさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道あぜみちを歩み、枯枝や松毬まつかさを拾い集め、持ち帰って飯をかしたきぎの代りにしている。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
和尚さんはしばの中から松毬まつかさを拾ひ出して、それを炉にくべた。二人は松毬が燃えるのを見てゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それと、戸前かどさきが松原で、ぬきんでた古木もないが、ほどよく、暗くなく、あからさまならず、しっとりと、松葉を敷いて、松毬まつかさまじりにき分けた路も、根をうねって、奥が深い。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで、その同字整理シラブル・アジャストメント紋章のない石クレストレッス・ストーンに試みて、sとs、reとle、stとstを除いてみた。すると、それが Coneコーン松毬まつかさ)という一字に、変ってしまったのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
母親から同じ分量の松毬まつかさを与へられ、これでもつて、ごはんとおみおつけを作つて見よと言ひつけられ、ケチで用心深い妹は、松毬を大事にして一個づつかまどにはふり込んで燃やし
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
九州でバエラ、中部地方でバイタ、モヤとかボヤとかいうのもそれであり、近畿一帯で松毬まつかさをチチリ・チンチロなどというのもそれかと思う。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「そのな、焼蛤は、今も町はずれの葦簀張よしずばりなんぞでいたします。やっぱり松毬まつかさで焼きませぬと美味おいしうござりませんで、当家うちでは蒸したのを差上げます、味淋みりん入れて味美あじよう蒸します。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天蓋を支えている四本の柱の上には、松毬まつかさ形をした頂花たてばな冠彫かしらぼりになっていて、その下から全部にかけては、物凄いほど克明な刀の跡を見せた、十五世紀ヴェネチアの三十櫓楼船ブチントーロが浮彫になっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)