曲物くせもの)” の例文
文三は恐ろしい顔色がんしょくをしてお勢の柳眉りゅうびひそめた嬌面かお疾視付にらみつけたが、恋は曲物くせもの、こう疾視付けた時でもお「美は美だ」と思わない訳にはいかなかッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
六郎は曲物くせものと思ったので、じぶんの体を見せないようにと、ちょと己を見返って、それが木立の陰になっているのを見極みきわめると、急いで雨戸の方へ眼をやった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ほうら、姐御あねご、こいつが曲物くせものだと、あっしのにらんだとおりでさあ! ね、裏は必ず、真鍮しんちゅう共蓋ともぶたになってるはずだ……と、……ほうらね、このとおり蓋がある。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
精悍な面魂つらだましいに欠けた前歯——これがふと曲物くせもののようなのだ。いずれにしても一風変っている。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
胸中深くひそめられた心臓は、外気にさらされても、何喰わぬ顔して動き続けて居る。君! 全く心臓は曲物くせものだよ。「ハートはままにされない」と誰かゞ言ったが、全くその通りだ。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
併し僕は理外の理を信じる気にはなれません。あの部屋で寝るものが、揃いも揃って、気違いになったという様な荒唐無稽こうとうむけいな解釈では満足が出来ません。あの黄色い奴が曲物くせものだ。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かゝ曲物くせものを置きたりとて何のさはりにもなるまじけれど、そのあくたある処に集り、穢物ゑぶつあるところに群がるの性あるを見ては、人間の往々之に類するもの多きを想ひ至りていさゝむね悪くなりたれば
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
それでようやくこのいわゆる姉妹はあだし仇浪浅妻船あさづまぶねの浅ましい世を乗せ渡る曲物くせものとも分れば、かかる商売の女は男子を一瞥いちべつして、たやすくその童身か否かを判ずる力ぐらいは持つものとも知った。