なじ)” の例文
そして泊りつけの日本橋の宿屋の代りに、ここの二階にいることになってから、笹村は三度三度のまずい飯も多少舌になじんで来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
光陰は穩にうつりぬ。課業の暇あるごとに、恩人の許におとづれて、そを無上の樂となしき。小尼公は日にけに我になじみ給ひぬ。
この山は人間がなじみ易い山だった。水無みなの川を越えて山腹にかけ山民の部落があった。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かく上人とのなじみの深くなるにつれて、上人の来訪もあり、『円頓戒私記』の書写を頼まるることになったが、これも往生の縁というので、実隆は子細なく領状し、わずか二日間にその功を終えた。
然し庄吉は何だかお主婦さんになじめなかった。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
庭向きの下の座敷へ移ったころには、笹村も大分下宿になじんで来た。時々お銀に厭な気質を見せられると、笹村の神経は一時に尖って来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
我に接吻し、我側に來居たるが、まだ二分時ならぬに、はや我になじみ給へり。かき抱きて間のうちをめぐり、可笑をかしき小歌うたひて聞せしかば、面白しと打笑ひ給ひぬ。館は微笑みつゝ。
午頃ひるごろ頭髪かみが出来ると、自分が今婚礼の式を挙げようとしていることが、一層分明はっきりして来る様であったが、その相手が、十三四の頃からなじんで
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
室は、病人の枕頭まくらもとへ来て、自分と家との関係が、初め心配したほど険悪の状態に陥ってもいないという内輪談うちわばなしなどするほど、お増になじんで来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
浅井が田舎へ立ってから、お増は思いついて室をも一緒につれて、三人で浅草辺をぶらついたり、飯を食べたりして、お今を男になじませようと試みた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しばらく京都に、法律書生をしていた時分になじんだその女は、旦那取りなどをして、かなりな貯金を持っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
取られ分を取りかえそうと焦心あせっているうちに、夜が更けて来た。連中には古くからなじみの男もあり、もう髭を生やして細君を持っているらしい顔もあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
葉子の好きな言葉のない映画よりも、長いあいだ見つけて来た歌舞伎の鑑賞癖が、まだ彼のからだにしみついていた。暗くて陰気くさい映画館にはなじめなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
忘られていた食べ物の味が舌になじんで来るころには、笹村の心にはまた東京のことが想い出されていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
雪枝は内弟子に住みこませることを快く引き受けてくれたが、詩も作り手蹟しゅせきも流麗で、文学にも熱意をもっているので、葉子も古いなじみのように話しがはずんだ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
田舎からの父親のなじみで、ずっと以前に、商売をめて、その抱え主と一緒に東京へ来ていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「どうせ冬までねかしておくものだ」お島は心の奥底によどんでいるような不安と恐怖を圧しつけるようにして言った。そしてこの頃なじみになった家へ、それをだきこんで行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
勿論あの世界の空気にも、今以つてなじみ切れないものがあり、商売の型にはまるには、余程自己を殺さなければならなかつた。何よりも体をけがさなければならないのが辛かつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「少しなじんでからの方がいいでしょうよ。」と、女も気乗りのしない顔をしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大秀の娘である嫁のおゆうが、鶴さんの口にはゆうちゃんと呼れて、小僧時代からのなじみであることが、お島には何となし不快な感を与えたが、それもしみじみ顔を見るのは、初めてであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのころ銀子は子柄が姉妹きょうだいたちよりよかったところから芸者屋の仕込みにやられ、野生的に育っただけに、その社会の空気になじまず、親元へ逃げて帰っていたり、内職の手伝いをしていたのだったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)