昇汞水しょうこうすい)” の例文
しかし先生の鍛錬にはいつも敬意を感じている。先生は或時博物学教室へ行き、そこにあったコップの昇汞水しょうこうすいを水と思って飲み干してしまった。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
死屍室しししつから出て来た伝染病科長は、廊下に据付すえつけの桃色の昇汞水しょうこうすいの入った手洗の中に両手をけながら独り言を云った。そこへ細菌科長が通りかかった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
昇汞水しょうこうすい金盥かなだらいと並べた、室外の壁の際の大きな器に、氷嚢から氷が溶けたのを、どくどくと開けていました。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひどいのになると一日に五六度オキシフルか、昇汞水しょうこうすいで手を消毒しないと、落付おちついて仕事が出来できぬというようなのがある。悪いことではないがかくうるさい。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
昇汞水しょうこうすいに手を浸しそれを叮嚀ていねいに拭いた学校医は、椅子にふんぞりかえるとその顎で子供を呼んだ。素っ裸の子供は見るからに身体を硬直させて医師の前に立った。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼女はそのとき急に、いつも自分のまわりにぎつけていた昇汞水しょうこうすいやクレゾオルの匂の代りに、車内に漂っている人いきれや煙草のにおいを胸苦しい位に感じ出した。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
天井の張ってない湯殿ゆどのはり、看護婦室に薄赤い色をしてかなだらいにたたえられた昇汞水しょうこうすい、腐敗した牛乳、剃刀かみそりはさみ、夜ふけなどに上野うえののほうから聞こえて来る汽車の音
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大切そうにその包紙を取りけると、中から現われたものは小さな足付きの硝子ガラスコップで、中には昇汞水しょうこうすいのような……もっと深紅色の美しい色をした液体が四分目ばかり湛えられてあった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
の外になると、もう自分でも足のたしかなのが分って、両側のそちこちに、白い金盥かなだらい昇汞水しょうこうすいの薄桃色なのが、飛々の柱燈はしらあかりに見えるのを、気の毒らしく思うほど、気も爽然さっぱりして、通り過ぎた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)