旅窶たびやつ)” の例文
江戸から、広島へ、広島から、大阪、奈良へと、己の身体をかくすのに忙がしかった又五郎は、すっかり、陽に灼けて、旅窶たびやつれがしていた。
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そぼろな、旅窶たびやつれのした姿の旅人が、美しい錦の袋を大切さうに胸に下げてゐるので、胡麻の蠅が二人すぐ後に附いた。
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
岸本はこの珍客が火点ひともごろを選んでこっそりとたずねて来た意味をぐに読んだ。いたましい旅窶たびやつれのしたその様子で。手にした風呂敷包と古びた帽子とで。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがて、紺絣こんがすり兵兒帶へこおびといふ、うへ旅窶たびやつれのしたすぼらしいのが、おづ/\とそれた。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
笈摺おいずるも古ぼけて、旅窶たびやつれのした風で、白の脚絆きゃはんほこりまぶれて狐色になっている。母の話で聞くと、順礼という者は行方知れずになった親兄弟や何かを尋ねて、国々を経巡へめぐって歩くものだと云う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
旅窶たびやつれのした書生体の男が自分の前に立った。片隅へ身を寄せて、上りがまちのところへ手をつき乍ら、何か低い声で物を言出した時は、自分は直にその男の用事をて取った。
朝飯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こうして山の上に来ている自分等のことを思うと、灰色の脚絆きゃはんに古足袋を穿いた、旅窶たびやつれのした女の乞食こじき姿にも、心を引かれる。巡礼は鈴を振って、哀れげな声で御詠歌を歌った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)