戸閉とざ)” の例文
そこで、そいつを信じて降りて来たところが、卑怯にも、すぐ三つの砦門とりでもんくさり戸閉とざしてしまい、うんともすんともいってこない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見るからに静かそうな、一戸の寒亭が戸閉とざしてある。古びた戸額とがくの文字を仰ぐと、船板に白緑青びゃくろくしょう、題して「錦霜軒きんそうけん」としるしてある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僧院のものらしい法衣の人達が、提燈ちょうちんをさげて行くのを追い越して、やがて次郎は、荒格子を戸閉とざした一軒の家の前に立ち
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戸閉とざざさぬ縁から、吹き込む夜更けの冷たい風に、青い波をっている蚊帳かやの中なる夢心地は、前後不覚のていであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
意外な客と貴公子を迎えて、冷寂としていた狛家こまけの夜は、燭に燭をついで夜の更けるまで戸閉とざすことを忘れています。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もちろん人目立たない軽装をし深くおもてをつつみ、まず平常ふだんはすべて戸閉とざしている新殿のほうに隠れて、徐々、夜更けを待って、目的のものへ近づいたのであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこに蔵前風くらまえふう丸髷まるまげの美女が、冬の陽ざしを戸閉とざしていたら、誰が目にも、この屋敷の若奥様か或いはおめかけ様、——まさかに掏摸すりの見返りが居催促とは見えなかろう。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落人おちゅうどや追討ちに係り合うてを見るなと云い合わせたように、二十八日の夕ともなれば、どこの宿場でも野辺の部落でも、かたく戸閉とざして、榾火ほたびの明りすらもらしている家はなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝の陽が、破れ障子の穴から射しこみ、かれの寝顔と、もひとつの、白粉おしろいげの女の寝顔とを——ゆうべの乱痴気を戸閉とざしたままな六畳間に——ぽかっと沼の水死人みたいに二ツ浮かせていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入ってゆくと、よく伸びた萩の中に、母屋おもやの口は戸閉とざされてあった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)