憶起おもいおこ)” の例文
預けられてあった里から帰って来て、今の養家へもらわれて行くまでの短い月日のあいだに、母親から受けた折檻せっかんの苦しみが、憶起おもいおこされた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
猛然として憶起おもいおこした事がある。八歳やッつか、九歳ここのつの頃であろう。雛人形ひなにんぎょうきている。雛市は弥生やよいばかり、たとえば古道具屋の店に、その姿があるとする。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小説でなければ決して見られない図であった。今でも憶起おもいおこすと師宣もろのぶの絵にありそうな二人の姿を眼前に彷彿する。九華もまた堂々たる風采であったが、眉山が余り美くし過ぎていた。
こうした疑念が起ッたので、文三がまた叔母の言草、悔しそうな言様、ジレッタそうな顔色を一々漏らさず憶起おもいおこして、さらに出直おして思惟しゆいして見て、文三はつい昨日きのうの非をさとッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その身動きに、いたちにおいぷんとさせて、ひょこひょこと足取あしどり蜘蛛くもの巣を渡るようで、大天窓おおあたま頸窪ぼんのくぼに、附木つけぎほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起おもいおこす。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この瞬間、誰が、その藍染川、忍川、不忍の池を眺めた雪の糸桜を憶起おもいおこさずにいられよう。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
面喰めんくらったあわただしい中にも、忽然として、いつぞのむかし吉原の横町の、ずるずる引摺ひきずった青いすそと、あか扱帯しごきと、脂臭やにくさい吸いつけ煙草を憶起おもいおこすと、憶起す要はないのに、独りで恥しくなって
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)