“弥(や)” の例文
旧字:彌
蓮華王院(れんげおういん)の境内から、あのまま他へ姿をかくすことも考えないでもなかったが、それでは、連れの光悦へ非礼に当るし、また禿(かむろ)のりん弥(や)へ、帰って来るといった言葉が嘘になる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昂奮した山城守が、こう心中に怒声を揚げた時、その心語(しんご)に応ずるかのように、眼前に人影が立った。ぎょッとして顔を上げると、気に入りの小姓(こしょう)一弥(や)だ。いつの間にか、庭を横ぎって来ていたのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
子守子 船戸(ふなど)の弥(や)あ公(こう)なんだよ。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
この山伏は、光秀の発した密使ではないが、さきの偽盲(にせめくら)は、いうまでもなく明智の士雑賀(さいが)弥(や)八郎(ろう)であった。光秀から毛利輝元へあてた一書を受け、二日の早朝、京都から立って来た者だ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お、そなたは、さっき縁がわから雪の中へ転げた、りん弥(や)という子だな」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
井伊兵部(いいひょうぶ)、榊原康政(さかきばらやすまさ)、大久保忠助(ただすけ)、同じく忠隣(ただちか)、本多(ほんだ)弥(や)八郎(ろう)、同平八郎忠勝(ただかつ)などの多感多血の若手を初め——鳥居忠政(とりいただまさ)、戸田十郎右衛門(とだじゅうろうえもん)、内藤新五郎、松平康次(まつだいらやすつぐ)、同与一郎広家(よいちろうひろいえ)、同孫六郎康長(まごろくろうやすなが)
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腑甲斐(ふがい)ない旗本どもである、水野弥(や)一兵衛(べえ)は何をしておる、長坂血槍九郎はおらぬのか、土屋、本田、近藤のともがら、常に武をほこる者たちが寄って、ただ一人の鼠賊(そぞく)を捕え得ぬという法やある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
光広は、隅の方で居眠っていた禿(かむろ)のりん弥(や)へ
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)