垂下ぶらさが)” の例文
「そんな事を言はずに自分もちつ気凛きりつとするが可い、帯の下へ時計の垂下ぶらさがつてゐるなどは威厳を損じるぢやないか」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あわたゞしい電車の吊皮に垂下ぶらさがりながら、晴代はつくづく思ふのだつた。それもさう大した慾望ではなかつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
ある日の事青山三丁目から電車に乗り込んで吊り皮に垂下ぶらさがつてゐると、直前すぐまへに腰を掛けてゐる海驢あしかのやうな顔をした海軍大尉が、急に挙手注目して席を譲つて呉れた。
見るともなく見ると、昨夜想像したよりもいっそうあたりはきたない。天井も張らぬきだしの屋根裏は真黒にくすぶって、すすだか虫蔓だか、今にも落ちそうになって垂下ぶらさがっている。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
が、我々は不自由な郊外生活を喜んで、毎日往復の時間を無駄にしても、釣革に垂下ぶらさがって満員の中に押し潰されそうになっても猶お交通の便利を心から難有がるほど呑気にはなれない。
駆逐されんとする文人 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
其の後から大勢の人足がわい/\謂ツて騷いで行くことや、または街頭にくるまかれて板のやうにひしやげた鼠のむくろや、屋根の上に啼いてゐるからすや電信柱に垂下ぶらさがツて猿のやうに仕事をしてゐる人や
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
親「まアしからねえ奴だねえ、無闇とお客を落すなどゝはひどい奴です、さぞお腹が立ちましたろう、何しろ着物を貸して上げましょう、風を引くといけません、なんですあかい扱帯が垂下ぶらさがっていますねえ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それまでにお増は幾度となく、下宿と先の家との間を往来ゆききしたが、通りがかりに見る暮れの気のせわしい町のさまが、そうして宙に垂下ぶらさがっているような不安定な心持に、一層あわただしく映った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)