口鬚くちひげ)” の例文
太郎は卓の東南の隅にいて、そのしもぶくれのもち肌の頬を酔いでうす赤く染め、たらりと下った口鬚くちひげをひねりひねり酒を呑んでいた。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
この時、群集ぐんじゅ押分おしわけて、捫着もんちゃくの中へ割って入ったのは、駐在所の塚田つかだ巡査。年のわかい、色の黒い、口鬚くちひげの薄い、小作りの男であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
軒先に自転車ごと入りながら、ブラシのような口鬚くちひげと、ブツブツのある肥った顔の四十男は、意地の悪いニヤニヤ笑いをした。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
子供等は何か無性に面白がって餅を握りながらバタバタと縁側を追い廻る、小さいのは父上の膝で口鬚くちひげをひっぱる。顔をしかめながら父上も笑えば皆々笑う。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その隣にははかま穿いて口鬚くちひげをはやした、大分もう年をとった一人の男が、オットセイの黒焼きだとか、蘇鉄そてつだとか称している、えたいの知れないものを台の上にのせて
口鬚くちひげの巡査は剣と靴音とあわてた叫声をげながら、例の風呂敷包を肩にした、どう見ても年齢にしては発育不良のずんぐりの小僧とともに、空席を捜し迷うて駈け歩いていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
周立五しゅうりつごという男の話ですがね、その男は、顴骨かんこつがひっこんでて、あごがすっこけ、口鬚くちひげも生えないで、甚だ風采ふうさいのあがらないうえに、三十二になっても、童子の試にとおらないという困り者でしたが
口鬚くちひげも髪もけづらじ天地の世に生みいでし心まかせに
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
僕が立派な口鬚くちひげでもひねりながら、こっそり読んでほくそ笑むの図などをあてにしながら、きょうから日記をつけましょう。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
女の癖に口鬚くちひげを生やし、それをひねりながら、「そもそも女というものは、」と言い出すのだから、ややこしく、不潔に濁って、聞く方にとっては、やり切れぬ。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
眼はあくまでも細く、口鬚くちひげがたらりと生えていた。天平時代の仏像の顔であって、しかも股間の逸物いちもつまで古風にだらりとふやけていたのである。太郎は落胆した。仙術の本が古すぎたのであった。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
松葉杖の乞食は、まっくろい口鬚くちひげを噛みしめながら思案したのである。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
たぬきは、口鬚くちひげを片手でおさえてクスクス笑った。実に、いやだった。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)