取手とって)” の例文
母は縫目ぬいめをくけながら子を見てそういった。子は黙って眼を大きく開けると再び鉄壜のふた取手とってを指で廻し始めた。母はまたいった。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
讓の帽子を受けった婢が櫛形くしがたの盆に小さな二つのコップと、竹筒のような上の一方に口がつき一方に取手とってのついた壺を乗せて持って来た。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
爺さんは妙な声を出して笑ったが、急に立上り、空丼からどんぶりを片づけた岡持の取手とってをつかんで、そのまま出て行った。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
取手とって宿しゅくの安孫子屋にいるだるまで名はお蔦、越中八尾やつおの生れで二十四になる女だとはっきりいっておやり。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
眼の前へ持って来てしばらく仔細に見ていたがようやく納得したと見えて外套の内隠うちかくしへしっかりとしまいホッと初めて吐息をしてそのまま隣室の扉へ行ってドアの取手とってに手をかけた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しばしば図の如く定紋や屋号やごうを入れ、この部分のみは好んで真鍮を用いる。大きなものは左右に取手とって、小形のものは上に一つの取手をつける。そうして全体に厚い布の被いが用いられた。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
振りかえって見ると、そこには、からだの大きな、そうしてきちんとした服と帽子に身なりをととのえた運転手が立っていて、扉についている取手とってを、がたんとまわすと、その扉をあけた。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
普通の年縄はただ張り渡すばかりだが、初山掛けに用いるものだけは、下げて行かれるように取手とってがつけてある。それを自分などは挟んだ餅を投げるための装置だろうと想像しているのである。
それがどうやら、玉の中へはいる扉らしく、押せばガタガタ音はするのですけれど、取手とっても何もないために、ひらくことができません。なおよく見れば、取手の跡らしく、金物の穴が残っています。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この提げ菓子皿の取手とって伊太利イタリーフローレンスで買った。ダンテとベアトリーチェがめぐり合ったというアルノー河には冬の霧が一ぱいかかっていた。両側の歩道に店を持つ橋が霧の上にかかっていた。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
取手とってへ参るのには、ここの渡しからでござんすか。それとも川下かわしもの渡しへ行った方がようござんしょうか。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
長襦袢の袖口そでぐちはこの時下へと滑ってその二の腕の奥にもし入黒子いれぼくろあらば見えもやすると思われるまで、両肱りょうひじひしの字なりに張出してうしろたぼを直し、さてまた最後にはさなが糸瓜へちま取手とってでもつまむがように
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)