便々べんべん)” の例文
福田氏が警察の助力をあおいだことも知らぬ筈はなく、便々べんべんと十一月廿日を待って、相手の警戒網を完成させるはしないであろう。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
力持の女の便々べんべんたる腹の上で大の男が立臼たちうすを据えて餅を搗く、そんなような絵が幾枚も幾枚も並べられてある真中のところに
谷村博士はどうしたのだろう? もっとも向うの身になって見れば、母一人が患者かんじゃではなし、今頃はまだ便々べんべんと、回診かいしんか何かをしているかも知れない。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かんがえてみると、阪井ほどのやつがいつまでも便々べんべんとわたしの返事を待っているはずはない。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
外で演奏する時には、ゆったりした王朝式の服装と、かぶりものであるが、今日のように平服のときは、便々べんべんたる太鼓腹の下の方に、すその広がらない無地の木綿もめんのような袴をつけている。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
二人がこうして揃った上は便々べんべんと三月十五日を待つ迄もない……というので、二人は顔を揃えて島原の松本楼に押し上り、芸妓げいしゃ末社を総上げにして威勢を張り、サテ満月を出せと註文をすると
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
縁側に居た白痴ばかたれ取合とりあわ徒然つれづれえられなくなったものか、ぐたぐたと膝行出いざりだして、婦人おんなそばへその便々べんべんたる腹を持って来たが、くずれたように胡坐あぐらして、しきりにこう我が膳をながめて、ゆびさしをした。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう便々べんべんと三谷の助けを待っている場合でない。彼は何か、よくよくの邪魔がはって、ここへ来られなくなったのであろう。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かう気のついた彼は、すぐに便々べんべんとまだ湯に浸つてゐる自分の愚を責めた。さうして、癇高かんだかい小銀杏の声を聞き流しながら、柘榴口を外へ勢ひよくまたいで出た。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)