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三留野
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みどの
ふりがな文庫
“
三留野
(
みどの
)” の例文
上松
(
あげまつ
)
を過ぎ、
三留野
(
みどの
)
まで帰って来た。行く先に謹慎を命ぜられていた庄屋問屋のあることは、今度の改革の容易でないことを語っている。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
やがて全軍は隊伍を
調
(
ととの
)
え、粛々と前進を続けて行く。
三留野
(
みどの
)
、坂下、落合川、三つの宿を打ち越えて目差す中津川へ来た時には夜ももう初夜を過ごしていた。
蔦葛木曽棧
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
野尻も過ぎて真昼頃
三留野
(
みどの
)
に著く。松屋といふにて午飯をしたゝむ、今は雨も全く晴れて心よき日影山々の若葉に照りそふけしきのうるはしければ雨傘は用なしとて松屋の女房に与ふ。
かけはしの記
(新字旧仮名)
/
正岡子規
(著)
馬籠以東の宿では、
妻籠
(
つまご
)
、
三留野
(
みどの
)
両宿ともに格別の
障
(
さわ
)
りはないとのうわさもあり、中津川辺も同様で、一向にそのうわさもない。
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
あだかも
痳疹
(
はしか
)
流行のころである。一行は諏訪に三日
逗留
(
とうりゅう
)
し、同勢四百人ほどをあとに残して置いて、
三留野
(
みどの
)
泊まりで木曾路を上って来た。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
▼ もっと見る
そこにはまた、
妻籠
(
つまご
)
、
三留野
(
みどの
)
の両宿の間の街道に、途中で行き倒れになった人足の死体も発見されたというような、そんなうわさも伝わっていた。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
日によっては
三留野
(
みどの
)
泊まりの人足九百人、ほかに
妻籠
(
つまご
)
泊まりの人足八百人が、これらの荷物について西からやって来た。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
この
凱旋兵
(
がいせんへい
)
の通行は十一月の十日ごろまで続いた。時には五百人からの一組が
三留野
(
みどの
)
方面から着いて、どっと一時に昼時分の馬籠の宿場にあふれた。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
作ろうじゃありませんか。
野尻
(
のじり
)
、
三留野
(
みどの
)
、
妻籠
(
つまご
)
、
馬籠
(
まごめ
)
、これだけの庄屋連名で出すことにしましょう。たぶん、半蔵さんもこれに賛成だろうと思います。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
御順路の日割によると、六月二十六日鳥居峠お
野立
(
のだ
)
て、
藪原
(
やぶはら
)
および
宮
(
みや
)
の
越
(
こし
)
お小休み、木曾福島御一泊。二十七日
桟
(
かけはし
)
お野立て、
寝覚
(
ねざめ
)
お小休み、
三留野
(
みどの
)
御一泊。
夜明け前:04 第二部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
さてこそ、
三留野
(
みどの
)
泊まり、
妻籠
(
つまご
)
昼食、それからこの馬籠泊まりのゆっくりした旅となったのである。
夜明け前:04 第二部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
それから追い追いと木曾川の
畔
(
ほとり
)
に近づき、藪原と
宮
(
みや
)
の
越
(
こし
)
駅の間でその岸に移り、徳音寺村に出、さらに岸に沿うて木曾福島、
上松
(
あげまつ
)
、
須原
(
すはら
)
、
野尻
(
のじり
)
、および
三留野
(
みどの
)
駅を通り
夜明け前:04 第二部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
野尻
(
のじり
)
、
三留野
(
みどの
)
の宿役人までが付き添いで、関東御通行中の人馬備えにということであった。なにしろおびただしい
混
(
こ
)
み合いで、伊那の助郷もそうそうは応援に出て来ない。
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
中央線の
落合川
(
おちあいがわ
)
駅まで出迎えた太郎は、村の人たちと一緒に、この私たちを待っていた。
木曾路
(
きそじ
)
に残った冬も
三留野
(
みどの
)
あたりまでで、それから西はすでに花のさかりであった。
嵐
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
「今度の御通行かい。たぶん、
三留野
(
みどの
)
のお泊まりで、馬籠はお昼休みになるでしょう。」
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
三
常用漢字
小1
部首:⼀
3画
留
常用漢字
小5
部首:⽥
10画
野
常用漢字
小2
部首:⾥
11画
“三”で始まる語句
三
三味線
三月
三昧
三日
三人
三輪
三度
三和土
三方