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ひやみづ
七月
朔日四更に発す。
冷水峠を越るに風雨甚し。轎中唯脚夫の
筇を石道に鳴すを聞のみ。夜明て雨やむ。
顧望に木曾の
碓冰にも劣らぬ山形なり。六里
山家駅。
飛石の足音は背より
冷水をかけられるが
如く、顧みねどもその人と思ふに、わなわなと
慄へて顔の色も変るべく、後向きに成りて
猶も鼻緒に心を尽すと見せながら
猛惡なる
猴の
本性として、
容易に
手を
出さない、
恰も
嘲る
如く、
怒るが
如く、
其黄色い
齒を
現はして、
一聲高く
唸つた
時は、
覺悟の
前とはいひ
乍ら、
私は
頭から
冷水を
浴びた
樣に
戰慄した