くさ)” の例文
そんなに不快なほどにくさくはないが、ややもすれば船よいを感じさせる機械の油の匂いを連想させるような微かな臭味が鼻を打った。
妙法寺の境内けいだいに居た時のように、落合の火葬場の煙突がすぐ背後に見えて、雨の日なんぞは、きなくさい人を焼くにおいが流れて来た。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
昔は「五月蠅」と書いて「うるさい」と読み、昼寝ひるねの顔をせせるいたずらもの、ないしはくさいものへの道しるべと考えられていた。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二人とも浴衣ゆかた着更きかへ、前後してけむくさい風呂へ入つた。小池は浴衣の上から帶の代りに、お光の伊達卷だてまきをグル/\卷いてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一事に取り懸ると、その関頭を越えるまでは、体が垢にくさくなろうが身にしらみを見ようが、幾十日でも平気でいる習慣の良人である。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年頃としごろ遠野郷の昔の話をよく知りて、誰かに話して聞かせ置きたしと口癖くちぐせのようにいえど、あまりくさければ立ち寄りて聞かんとする人なし。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はちかつぎはあさばんもおかままえすわって、いぶりくさまきのにおいに目もはないためながら、ひまさえあればなみだばかりこぼしていました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
くさいのきたないのというところは通り越している。すべての光景が文学的頭の矢野には、その刺激しげきにたえられない思いがする、寒気さむけがする。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
で、たもとから卷莨まきたばこつて、燐寸マツチつた。くちさき𤏋ぱつえた勢付いきほひづいて、わざけむりふかつて、石炭せきたんくさいのをさらつて吹出ふきだす。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかし、まぐろはちょっとくさい癖のあるものであるから、この場合も、ぜひしょうがの酢漬けだけ添えて、いっしょに食べたいものである。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
やっぱり西洋と御付合をして大分ばたくさくなりつつある際だから、西洋の現代文学を研究して、その歴史的の由来を視て、ははあ西洋人は
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
車「わしだって元は百姓でがんすから、こいくさいのは知って居りやんすが、此処こゝは沼ばかりで田畑でんぱたはねえから肥のにおいはねえのだが、ひどく臭う」
さすがにかくしきれもせずに、をつとがてれくさ顏附かほつきでその壁掛かべかけつつみをほどくと、あんでうつま非難ひなんけながらさうつた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
どろくさくてほねかとうございましたけれど、容易よういることができましたので、荒波あらなみうえで、仕事しごとするようにほねをおらなくてすんだのであります。
馬を殺したからす (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのまゝたたずんで、しめやかな松の初花の樹脂くさい匂ひを吸ひ入れながら、門外のいさかひを聞くとも聞かぬともなく聞く。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ゆる荒熊あらくまと一しょにもつながれう、はかなかにも幽閉おしこめられう、から/\と骸骨がいこつむさくさ向脛むかはぎばんだあごのない髑髏しゃれかうべ夜々よる/\おほかぶさらうと。
ぼくのあおざめた顔を、酒のゆえとでも思ったのでしょう。照れくさくなったぼくは、折から来かかった円タクを呼びとめ、また、渋谷へと命じました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
B うゝ、それはマア双方さうはうあひだにキナくさにほひぐらゐしてゐたのだらう。其中そのうちをんなくにかへつて、しばらくしてから手紙てがみをよこしたんだ、さうだ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
私は非常に美味おいしかつた。食物もよかつた——これまでは、熱つぽいくさみの爲めに飮み込んでも胸につかへてゐたのだけれど。それも攝れて了つた。
しかし前にも言ふ如く「梅も桜も」といふやうに、二物以上相対物が文字上に現はれたる場合は理窟くさからず聞え候。
あきまろに答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
大体温気は、悪くいえばものを腐らせ、退屈させ、あくびさせ、間のびさせ、物事をはっきりと考えることを邪魔くさがらせる傾きがあるものである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「ちつたあ黴臭かびくさくなつたやうだが、そんでもこのくれえぢや一日いちんちせばくさえななほつから」勘次かんじ分疏いひわけでもするやうにいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして、ぷーんと、ゴムくさにおいがし、白い煙が電動機の中から、すーっと昇っていることに、始めて気がついた。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
清水はけげんな顔をしながら、こう好い加減な返事をすると、さっきから鉈豆なたまめ煙管きせるできなくさきざみを吹かせていた大井が、卓子テエブルの上へ頬杖をついて
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山の手の某所ぼうしょに住んでるある華族かぞくの老婦人が、非常に極端きょくたんな西洋嫌いで、何でも舶来はくらいのものやハイカラなものは、一切『西洋くさい』と言って使用しない。
物心ぶっしんにょ其様そん印度いんどくさい思想に捕われろではないが、所謂いわゆる物質的文明は今世紀の人を支配する精神の発動だと
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのお姿をあかりでご覧になりますと、おからだじゅうは、もうすっかりべとべとにくさりくずれていて、くさい臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
始終履歴りれきよごくさい女にひどい目に合わされているのを見て同情おもいやりえずにいた上、ちょうど無暗滅法むやみめっぽう浮世うきようずの中へ飛込もうという源三に出会ったので
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ぷんと、それがくさかった。番台では汚れ腐った白上衣を着た角刈の中僧が無精なしぐさでコップをゆすいでい、二人の先客がひっそりとその前のテーブルに坐っていた。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「名からしてぬすとくさい。」と云いながら、森へ入って行って、「さあ粟返せ。粟返せ。」とどなりました。
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ゆびさし乍ら熟柿じゆくしくさ呼吸いきを吹いた。敬之進は何処かで飲んで来たものと見える。指された少年の群は一度にどつと声を揚げて、自分達の可傷あはれな先生を笑つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そうだいままでの私はくさい芸はいけない、ケレンは慎もう、ひたすら、そればかり考えすぎたあげくが
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
……と思う間もなく、バタと犬の臭気しゅうきにしみた両手をさし伸ばして、イキナリ私の首にカジリつくと、ガソリンくさいキスを幾度となく私の頬に押しつけるのであった。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
宜い心掛けだ、——が、お前は誰を相手にして芝居を打つてゐるか忘れたんだらう、——俺のところへ驅け込んで、聟の身代りを頼んだ時から、俺はくさいと睨んだよ。
今でこそ樟脳しょうのうくさいお殿様とのさまたまりたる華族会館に相応ふさわしい古風な建造物であるが、当時は鹿鳴館といえば倫敦ロンドン巴黎パリの燦爛たる新文明の栄華を複現した玉のうてなであって
夏の陽がギラギラと照りつける炎天下——船に乗ろうと列をなした乗客の左右に、眼を光らせた刑事たちが立ち並んでいて、いわゆる挙動不審の者や、うさんくさいのに
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
生徒監せいとかんのセルゲイ・イヴァーヌイチは、うさんくさそうな目付めつきで、ひたとこの少年しょうねんを見つめた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
となりじゃまた、いつものやまいはじまったらしいぜ。なにしろあのにおいじゃ、くさくッてたまらねえな」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
全体、あれ程立派な藝術的作品の、影響を受けて居るはずの自然派の作家に、どうしてあんなつちくさい、野暮やぼッたらしいまずい小説が書けるのか、己には実際不思議でならない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ハハァ、天狗様がまつってあるのだな、これは御挨拶を申さずばなるまい」と、そこで髯将軍はうやうやしく脱帽三拝し、出鱈目でたらめ祭文さいもんを真面目くさって読み上げる。その文言もんくいわ
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「わりが漬物くさ恰好かっこうをしているばっかりに、わしゃいつでも人前で恥ばかかんならん」
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
あんな素知そしらぬかおをしてられても、一から十までひとこころなか洞察みぬかるる神様かみさま、『このおんなはまだ大分だいぶ娑婆しゃばくさみがのこっているナ……。』そうおもっていられはせぬかとかんがえると
聴水忽ちまなこを細くし、「さてもうまくさや、うまくさや。何処いずくの誰がわがために、かかる馳走ちそうこしらへたる。いできて管待もてなしうけん」ト、みちなきくさむらを踏み分けつつ、香を知辺しるべ辿たどり往くに
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「上品ぶつたつて駄目よ。あなたのそのにほひは、ただのくさみぢやないんだから。」
お伽草紙 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
「どうも、この家は空気くうきが悪い。古くさ空気くうきがたまるのだ。家をかはらう。家を。」
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
「……というような大分早稲田くさいことを言われた。」と冷かしていたかと思う。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
うち這入はいると足場あしばの悪い梯子段はしごだんが立つてゐて、中程なかほどからまがるあたりはもう薄暗うすぐらく、くさ生暖なまあたゝか人込ひとごみ温気うんき猶更なほさら暗い上のはうから吹きりて来る。しきりに役者の名を呼ぶ掛声かけごゑきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
殻を払った香袋においぶくろを懐中にして、また桔梗屋へはいって行き、事納ことおさめに竿の代りに青竹を立てた仔細を胡散うさんくさ白眼にらんだらしく、それとなく訊き質してみたが、ただこの家の吉例だとのこと。
色々の「我」が寄って形成けいせいして居る彼家は、云わばおおきな腫物はれものである。彼は眼の前にくさうみのだら/\流れ出る大きな腫物を見た。然し彼は刀を下す力が無い。彼は久しく機会を待った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
つかはされしかば捕方とりかたの者共長庵が宅の表裏おもてうらより一度に込入たる然るに長庵はことわざにいふくさい者の見知みしらずとやら斯かる事とはゆめにも知らず是は何事ぞと驚く機會とたんに上意々々とよばはるを長庵は身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)