香煎こうせん)” の例文
「お欠餅かきもちを焼いて、熱い香煎こうせんのお湯へ入れてあげるから、それを食べてごらんよ。きっと、そこへしこってる気持きもちがほごれるよ。」
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小伝馬町の、現今いま電車の交叉点こうさてんになっている四辻に、夕方になると桜湯の店が赤い毛布ケットをかけた牀床しょうぎをだした。麦湯、甘酒、香煎こうせん、なんでもある。
頼んでおいた鰹節かつおぶしと池田さんからことづかった香煎こうせんをもってきて 餅は焼いてばかりたべずに雑煮にするがいい といって大きなひね茄子なすを二つたもとから出した。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
婆さんは煮立った鉄瓶てつびんの湯を湯呑ゆのみいで、香煎こうせんを敬太郎の前に出した。そうして昔は薬箱でも載せた棚らしい所に片づけてあった小机を取りおろしにかかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そういう中に、古い由緒をもった原了廓の祇園名物香煎こうせんの店の交って居るのは京なればこそである。
六日月 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
冷水に、ちらちらと白いものが浮かしてある、香煎こうせんは色がありましょう、あられか、菓子種か、と思ったのが、何と、志はうまかった、が、卯の花が浮かしてあったんです。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
是をなまって大和やまとではコバシ、土佐とさではトガシともっている。東京附近のコウセンは、香煎こうせんとの混同だと思っている人も多いが、或いはまたコガシの転じたものかも知れぬ。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と言いざま、天目茶碗に白湯をくみ、瓢から香煎こうせんをふり出して、この珍客にたてまつった。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
房二郎はがくっと肩を落し、溜息をついて、こっちにも酒をれと云った。彼はそれまで香煎こうせんを啜っていたのだが、酒でも飲まなければどうにもやりきれない気持になったのであった。
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こうして親しげに話していて、隣に座っている娘と、何か紙一重へだてたような、妙な心の触れ合いのまま、食後の馥郁ふくいくとした香煎こうせんの湯を飲み終えると、そこへ老主人が再び出て来て挨拶あいさつした。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)