風呂桶ふろおけ)” の例文
おまけに、明治が大正に変わろうとする時になると、その中学のある村が、せんを抜いた風呂桶ふろおけの水のように人口が減り始めた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
その日は私は新しい木の香のする風呂桶ふろおけに身を浸して、わずかに旅の疲れを忘れた。私は山家やまがらしい炉ばたでばあさんたちの話も聞いてみたかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「この邦土で純粋に日本固有というべきものはただ二つ、それは風呂桶ふろおけとそうしてポエトリーである」と述べている。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
風呂場は廊下の突き当りで便所の隣にあった。薄暗くって、だいぶ不潔のようである。三四郎は着物を脱いで、風呂桶ふろおけの中へ飛び込んで、少し考えた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お由がまだ二十歳はたちで或る工場に働いていた頃、何処の工場でもそうであるが、夕方になるとボイラーから排出される多量な温湯が庭の隅の風呂桶ふろおけへ引かれて
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鶴見はそれが夏時分であったということを先ずおもおこす。自家用の風呂桶ふろおけが損じたので、なおしに出しているあいだ、汗を流しにちょくちょく町の銭湯せんとうに行った。
二人は一緒に入るような風呂桶ふろおけを買いに出た帰路かえりを歩いているのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なんでも上野駅あたりの構内らしかったが、僕は四方を汽車に取りかこまれながら、風呂桶ふろおけのお湯にひたって、きょろきょろしていた。突然、頭上で、ベートーヴェンの第七が落雷のごとく響いた。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
風呂桶ふろおけから出て胸のあたりを流していたら左の腕に何かしら細長いものがかすかにさわるようなかゆみを感じた。女の髪の毛が一本からみついているらしい。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
したのに発している。こんな鞄が何に役立つ。この材木は一体何だ。風呂桶ふろおけの下で燃すのが精一杯の値打だ
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
風呂桶ふろおけが下水のための上に設けてあるということは——いかにこの辺の人達が骨の折れる生活を営むとはいえ——又、それほど生活を簡易にする必要があるとはいえ——来て見るたびに私を驚かす。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かたわらには彼が平生使用した風呂桶ふろおけ九鼎きゅうていのごとく尊げに置かれてある。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょうどその日金魚屋が来たので死んだのの代わりに同歳のを一尾買って入れた。夜はまた猫が来るといけないからというので網の代わりに古い風呂桶ふろおけのふたをかぶせておいた。
藤棚の陰から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
庄助も福島からの彼の帰りのおそいのを案じていた一人ひとりなのだ。その晩、彼は下男の佐吉がきつけてくれた風呂桶ふろおけの湯にからだをあたため、客の応接はお民に任せて置いて、店座敷の方へ行った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私はまた、水に乏しいあの山の上で、遠いわがの先祖ののこした古い井戸の水が太郎の家にき返っていたことを思い出した。新しい木の香のする風呂桶ふろおけに身を浸した時の楽しさを思い出した。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
アルキメーデスが裸体で風呂桶ふろおけから飛び出したのも有名な話である。
科学者と芸術家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)