震盪しんとう)” の例文
金盥の中の水はあとから押されるのと、上から打たれるのとの両方で、静かなうちに微細な震盪しんとうを感ずるもののごとくに揺れた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
藤堂駿平が面白い小説をかくようにという、それにたいして返答に困った伸子のこころはソヴェトの未知の生活のなかで、どんなに震盪しんとうされ、動いてゆくのだろう。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ジャン・ヴァルジャンは困憊こんぱいして家に帰ってきた。そういう遭遇は彼にとっては大きな打撃であり、そのために心に残された思い出は、彼の全身を震盪しんとうするかと思われた。
墜落と震盪しんとうのために、生来の癲癇持ちであるスメルジャコフにその発作が起こったものか——その辺の事情はついに知るよしもなかったが、とにかく、人々は彼が穴蔵の底で
それは物が結晶する前にずなければならぬ震盪しんとうの如きものである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
人間の霊肉を根本から震盪しんとうするものではあっても、人間の裡にある生活力は多くの場合その恋愛のために燃えつきるようなことはなく、却って酵母としてそれを暖め反芻し
愛は神秘な修道場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
新らしく世帯をって、新らしい仕事を始める人に、あり勝ちな急忙せわしなさと、自分達を包む大都の空気の、日夜はげしく震盪しんとうする刺戟しげきとにられて、何事をもじっと考えるひまもなく
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蒼空あおぞらに消え去るにはなおあまりに人間の性を帯び、震盪しんとうを待つ原子のように中間にかかり、見たところ運命の束縛を脱し、昨日と今日と明日との制扼せいやくを知らず、感激し、眩暈げんうんし、浮揚し
骨から脳味噌のうみそまで震盪しんとうを感じたくらいはげしく、親方は余の頭を掻き廻わした。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分がここに受け入れられるよろこびは朝子を真心から震盪しんとうするのであり、それだからこそ、真にそれにふさわしい自分かどうか、自分が作家として自分に納得出来るような業績をもち得るかどうか
広場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
このワーには厭味いやみもなければ思慮もない。理もなければ非もない。いつわりもなければ懸引かけひきもない。徹頭徹尾ワーである。結晶した精神が一度に破裂して上下四囲の空気を震盪しんとうさしてワーと鳴る。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)