銷磨しょうま)” の例文
藤枝蔵人老人は、そんな行届いたことまで言って退けて、武士気質かたぎを半分ほどは銷磨しょうましてしまったらしい月代さかやきで上げるのです。
李はしばしば催してかつて遂げぬ欲望のために、徒らに精神を銷磨しょうまして、行住座臥こうじゅうざがの間、恍惚こうこつとして失する所あるが如くになった。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
死ぬ時の父の頭の中は、家族に対する愛着などゝは凡そかけ離れた、銷磨しょうましきれぬ覇気と不満とで煮え返っていたであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大切な事業の、他にいくらも手がつけられずにいる今日だ。我々はなるだけ無駄むだなことのために、心力を銷磨しょうませぬようにしなければならない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
常よりは淡きわが心の、今の状態には、わがはげしき力の銷磨しょうましはせぬかとのうれいを離れたるのみならず、常の心の可もなく不可もなき凡境をも脱却している。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どうかすると先生の口から先生自身がリップ・ヴァン・ウィンクルであるかのような戯談じょうだんを聞くこともある。でも先生の雄心は年と共に銷磨しょうまし尽すようなものでもない。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黒胡麻の花崗石みかげいし銷磨しょうまして、白堊はくあのように平ったくさらされている、しぶきのかかるところ、洗われない物もなく、水の音は空気に激震を起して崖に反響し、森を揺すっている
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
近来はしばしば、家庭の不幸に遇い、心身共に銷磨しょうまして、成すべきことも成さず、尽すべきことも尽さなかった。今日、諸君のこの厚意に対して、心ひそか忸怩じくじたらざるを得ない。
或教授の退職の辞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
それは真の天才の創造せる芸術の特色であるにしても美しさと魅力とがいささかも時の銷磨しょうまさまたげられず、かつてありしが如く人間に訴えつつあるショパンの如きは、まことに
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
雪が氷河になると、その山側を擦り下りる圧力で山体を銷磨しょうまして行く。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
彼はこの生若なまわかい青い頭をした坊さんの前に立って、あたかも一個の低能児であるかのごとき心持を起した。彼の慢心は京都以来すでに銷磨しょうまし尽していた。彼は平凡を分として、今日こんにちまで生きて来た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女はその魅力をすっかり銷磨しょうました上、シェークスピア劇は大失敗におわり、巨額な借財まで背負って、かっては振り向いても見なかったベルリオーズのふところに飛び込んで来たのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)