鈍物どんぶつ)” の例文
「ふん、忠告か。そういえば、同じ手法のくりかえしで気がさすが、世の中には鈍物どんぶつが多いから、まだこの手法を知られていないつもりだが」
君のような敏感者から見たら、僕ごとき鈍物どんぶつは、あらゆる点で軽蔑けいべつあたいしているかも知れない。僕もそれは承知している、軽蔑されても仕方がないと思っている。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まったく、悟空ごくうのあの実行的な天才に比べて、三蔵法師は、なんと実務的には鈍物どんぶつであることか! だが、これは二人の生きることの目的が違うのだから問題にはならぬ。
鈍物どんぶつの一念でしょう。悧巧りこうでないから、なお、始末がお悪いにちがいない。はははは」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或る時、非常なるはずかしめに会ってから、さすがの鈍物どんぶつも藩の道場に姿を見せなくなった。
扉口には二人の頑丈な鈍物どんぶつが立ちはだかっているのだ。
「一目見てこれは鈍物どんぶつだ、と折紙がつくくらいに」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
鈍物どんぶつ!」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それ見ろ。なんにもないじゃないか。貴様は恩知らずだ。底の知れない鈍物どんぶつだ。ああ貴様のような奴は、もうわしのところへは置いておけない。とっとと出て行け」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「——人間、あまり重宝がられるのもよししだよ。むしろ鈍物どんぶつに生れて、生涯一度か二度という時に、一生の働きをいちどにして、あとは不器用者といわれていたほうがいい」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世の中では否応いやおうなしに自分の好いた女を嫁にもらってうれしがっている人もありますが、それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもなければ愛の心理がよくみ込めない鈍物どんぶつのする事と
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鈍物どんぶつさがにござりますが、一心仏学によって生涯し、また、生きがいを見出したいと念じまする者、何とぞ、おむちを加えて、御垂示ごすいじをねがいまする」と、大床の板のにひれ伏して
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わしに天稟てんぴんがあれば、道に達する日もあろうが、わしに素質がなければ、生涯かかってもまだこのままの鈍物どんぶつでいるかも知れん。——それになによりは、目前に死を期していることがある。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
およそ、どこの屯所にも、鈍物どんぶつはいるが、あんなのは、見たこともない。何を話し合ってみても、曖昧あいまいな生返辞ばかりしているし、酒を飲み合っても、あの通りだ。昔ばなし一つしたためしがない。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俺には、佐幕さばくの勤王のという資格がない。生まれついての鈍物どんぶつなのだ。鈍物なりに世間の邪魔にならないように、そして、自分のがらに合った世渡りを隅田川のしじみみたいに送りゃあいいと思っている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)