あし)” の例文
二度目にさけんだ時は、武蔵はもう前後もわきまえなかった。ただ燃え苦しむ火のかたまりのように駈けまろんで行って、愚堂のあしもとへ
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
階下にいたブラッチ夫人は、頭の上の浴室で、踊るようなあし音がするのを聞いた。ちょっと静かになった。すると一声笑うような声がして、湯をね返す音がした。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
と見るや、すばやく履物はきものをそろえて、女はすこしも取り乱さずに、するりと駕籠を抜け出ると、べつにあし音を盗むでもなく、鷹揚おおように眼の前の一軒の店へはいって行った。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あし音がしたと思うと、もう次の瞬間には一人の逞しい男の身体が、ぼくらの眼の前に突っ立っていた。その巌丈な肩が動いたので、ぼくは思わず両手で胸の辺りを防いだ。
ひとりすまう (新字新仮名) / 織田作之助(著)
顎十郎は、呆気に取られて眺めていると、花畑と反対の並木路のほうに人のあし音がする。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
粉雪の積った線路の上を飛ぶ様に歩いて行く私達のあし音などは、針程も聴えなかった。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
娘 でも、なんだかあし音が……。
蟹満寺縁起 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大晦日おおみそかの夕ぐれである。どことなく騒音のある洛内だった、すこし人通りの多い往来へ出ると、人間の眼も、あしどりも、違っている。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、その静寂しじまを破って、遠く、低い、木の枝を踏みつけるような、或は枝の葉擦れのような、慌だしいあし音が私の耳をかすめ去った。誰かが大急ぎで、密林の中を山の方へ駈け込んで行くのだ。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
たとえば、ぱん、ぱん、誰かがまきを割っている音にしても、出這入ではいりの人のあしいろにも、いそがしさがうかがわれる。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこを出ると、数右衛門のあしは早かった。小山田の家は、そう広くもなく、勝手は充分知りぬいている。表は、門もへいもあったが寺隣りの庭の横に、竹垣根の一部があった。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「黒っ、来いっ」とあしを早めた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)