谿川たにがわ)” の例文
熊笹は人の身の丈を没すという深さ、暗い林の遠くには気味の悪い鳥の声がして、谿川たにがわの音は物凄ものすごいように樹立こだちの間にうたっている。
猟師に追詰められた兎かなんぞのように、山裾の谿川たにがわの岸の草原に跪坐しゃがんでいる、彼女の姿の発見されたのは、それから大分たってからであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ばらばらっと、二人は引っ返して、谿川たにがわぞいに逃げ出した。武蔵が追いかけてゆくと、業腹ごうはらになったものか
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲斐駒の峰々から残雪がすっかり消えると、朝毎の濃霧もいつか間遠になり、やがて春霞はるがすみが高原の夕を染めはじめた。谿川たにがわの水は溢れるようにかさを増し畑の麦は日毎に伸びた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それ、谿川たにがわの瀬、池水の調べにかよって、チャンチキ、チャンチキ、鉦入かねいりに、笛の音、太鼓のひびきが、流れつ、かれつ、星のしずかに、波を打って、手に取るごとく聞えよう。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨が来たのだろうか、谿川たにがわが軒の近くを流れているのだろうか。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一日青々した山や田圃たんぼを見て暮したり、ぴちぴちするさかなに、持って来た葡萄酒ぶどうしゅを飲んだり、胸のすがすがするような谿川たにがわの音にあやされて、温泉場ゆばの旅館に
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……おッと、修行者、そこのがけを降りるとすぐ谿川たにがわの河原だ、あぶないから気をつけろよ
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一里半ほど東に当っている谿川たにがわで、水力電気を起すための、測量師や工夫の幾組かが東京からやって来たり、山から降りて来たりする頃には、二人のなかを、誰もあやしまなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)