あきら)” の例文
客 あれは、いまおもえば、僕のさびしいあきらめだった。それが何処かで、あの物語の女のさびしい気もちと触れあっていたのだな……
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ちっとはお母さんの手前も考えれば善いのに、」——そんなことも度たび考えたりした。もっともお鳥は何ごともあきらめ切っているらしかった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「誰かわたしにこれから何をしたらいいか、それともこの儘何もかもあきらめてしまうほかはないのか、教えて呉れる者はいないのかしら? ……」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
が、それは仕方がなかつた。かく骨を折つた甲斐だけはある。——其処に彼は満足してゐた。十年の苦労はあきらめを教へ、詮めは彼を救つたのだつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そんな自然のひとやにも近いものの中に、菜穂子は何かあきらめ切ったように、ただ一人でくうを見つめた儘、死のしずかに近づいて来るのを待っている。——
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
僕はあきらめに近い心を持ち、弥生町やよいちょうの寄宿舎へ帰って来た。窓硝子ガラスの破れた自習室には生憎あいにく誰も居合せなかった。僕は薄暗い電燈のした独逸文法ドイツぶんぽうを復習した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だんだんそういう fatal なものに一種のあきらめにちかい気もちも持ち出しているにはいるが。しかし、まだまだがけるだけ踠がいてみるよ。
雪の上の足跡 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
最初からあきらめの姿態をとつて人生を受け容れようとする、その生き方の素直さといふものを教へてくれたのである。
姨捨記 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
だが、このごろはそういった奇蹟はあきらめている。まだ、自分には古代の研究がなにひとつ身についていないのだからね。もうすこしおとなしく勉強をする。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
圭介がもうその追究をあきらめたように云うと、彼女には急に夫が自分の心から離れてしまいそうに感ぜられた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
おそらくその女も他の男に見いだされて余所に引きとられてしまったのだろうとあきらめると、その女恋しさを一層ひとしお切に感じ出しながら、その儘では何か立ち去りがたいように
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
おえふはもうすべてをあきらめた。初枝のために、自分のすべてを棄てようとした。
ふるさとびと (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)