衣摺きぬずれ)” の例文
第一、昨夜の曲者は、衣摺きぬずれの音なんかしなかつたぜ。百五十石や百八十石の御家人ぢや、平常着ふだんぎに羽二重や綸子りんずを着る筈はない。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
榻の枕頭まくらもとけた灯は、いつもより明るくしてあった。と、また物の気配がして榻にあがってくる物の衣摺きぬずれのおとがした。
蘇生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
支膝つきひざのまま、するすると寄る衣摺きぬずれが、遠くから羽衣の音のちかづくように宗吉の胸に響いた……畳の波に人魚の半身。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人連れでどんどん飛んで行くうちに、パーシウスは、彼のすぐ傍に衣摺きぬずれの音が聞えるような気がしました。
が、軈てそれも終ると、どうやら人の立上ったらしい気配がして衣摺きぬずれの音がする。で、急にキッとなった彼は、椅子から飛上ると、扉の前へ野獣の様に立開たちはだかった。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
階段はしごだんあがる時、敬太郎は奥の部屋でかすかに衣摺きぬずれの音がするような気がした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さやさやとなる衣摺きぬずれ
騎士と姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
が、その座敷もまだ寂寞ひっそりして、時々、階子段はしごだん、廊下などに、遠い跫音あしおと、近く床しき衣摺きぬずれの音のみ聞ゆる。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婀娜あだな声、暗中やみ留南奇とめきがはっと立つ。衣摺きぬずれの音するすると、しばらくして、隔てのふすまと手を掛けた、ひらめく稲妻、輝く白金プラチナ、きらりと指環の小蛇を射る。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて四阿の向うに来ると、二人さっと両方に分れて、同一おなじさまに深く、お太鼓の帯の腰を扱帯しごきも広くかがむる中を、しずかと抜けて、早や、しとやかに前なる椅子に衣摺きぬずれのしっとりする音。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)