艶聞えんぶん)” の例文
そんな彼に、われわれはよく甘えたり、罪のない艶聞えんぶんをからかつたりしたものだ。大学を出ると長崎へ行つて、はじめは医大につとめ、やがて開業した。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
もう古いことだが、今もって家中の者が、時折うわさにする、それは老公の隠れもない艶聞えんぶんのひとつであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常磐津ときわずやお針の稽古へいって、そこで聞く世間ばなしが、しばしば男女間の艶聞えんぶんに属し、ことに男というものが浮気で悪性だという定説になっていることを知り
寒橋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「まさか。」三浦君は苦笑して、次のような羨やむべき艶聞えんぶんを語った。艶聞というものは、語るほうは楽しそうだが、聞くほうは、それほど楽しくないものである。
律子と貞子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「その人の事について何か艶聞えんぶんが——艶聞と云うと妙ですが——ないでしょうか」
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無骨ぶこつ一偏の者がはからぬ時にやさしき歌をうたうとか、石部金吉いしべきんきちと思われた者に艶聞えんぶんがあるとか、いずれも人生の表裏であるまいか。しかしこれあるは決して矛盾むじゅんでない、あるこそ当然である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
鐘師匠は艶聞えんぶんに富む。若い頃、大阪へ修業に行っている間に先方むこうの師匠の娘さんに思いつかれたのもその一つだ。しかし銀二郎君と違って長男だから、養子に入れない。相手は独り娘だった。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
二葉亭は多情多恨で交友間に聞え、かなり艶聞えんぶんにも富んでいたらしいが、私は二葉亭に限らず誰とでも酒と女の話には余り立入らんから、この方面における二葉亭の消息については余り多く知らない。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「乱心? それあ、また滅茶めちゃだ。僕は艶聞えんぶんか何かだと思っていた。ばかばかしい。見たら、わかるじゃないか。どこから、そんな噂が出たのだろう。ははあ、わかった。叔父さんの宣伝だな?」
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
『伝右どの、又、面白い話が出ましたぞ。こんどのは、惚気でなくて、艶聞えんぶんです。——この中で一番若うて、ずい一の美男の磯貝十郎左が、ゆうべ源五右衛門殿に、寝言ねごとを聞かれたそうでござる』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父はこういう前置をしてみんなを笑わせたあとで本題に這入はいった。それは彼の友達と云うよりもむしろずっと後輩に当る男の艶聞えんぶん見たようなものであった。もっとも彼は遠慮して名前を云わなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「兄さん、四郎に艶聞えんぶんがあるのを知っていますか」
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「そりゃ僕の艶聞えんぶんなどは、いくら有ってもみんな七十五日以上経過しているから、君方きみがたの記憶には残っていないかも知れないが——実はこれでも失恋の結果、この歳になるまで独身で暮らしているんだよ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)