脅迫けふはく)” の例文
ことに近頃は一種の脅迫けふはく觀念にとらはれて、『誰か自分を殺しに來る』『俺はきつと近い内に殺されるに違ひない』と云ひ續けてゐる有樣でした。
それは長さんをして脅迫けふはくさせることであつた。只の女を買はして貰つてゐる上に金を貰つてゐるこの種のひもは、こんな場合には命がけの仕事でもする。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
生物せいぶつのやうにうごめき、きらめき、なめつくす野火のびに燒かれるヒースの山が、リード夫人を呪ひ脅迫けふはくした私の心の状態に、ぴつたり適合するに違ひない。
おれは此不平に甘んじて旁看ばうかんしてはをられぬ。己は諸役人や富豪が大阪のためにはかつてくれようとも信ぜぬ。己はとう/\誅伐ちゆうばつ脅迫けふはくとによつて事をさうと思ひ立つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
何故世の中には情死しんぢう殺人ひとごろし強盗がうとう姦通かんつう自殺じさつ放火はうくわ詐欺さぎ喧嘩けんくわ脅迫けふはく謀殺ぼうさつの騒が斷えぬのであらうか、何故また狂人きちがひ行倒ゆきだふれ乞食こじき貧乏人びんぼうにんが出來るのであらうか。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
が、これをしも「竊盗せつたうノ性アリ」と云ふならば、犬は風俗壊乱の性あり、燕は家宅侵入の性あり、蛇は脅迫けふはくの性あり、てふは浮浪の性あり、さめは殺人の性ありと云つても差支さしつかへない道理であらう。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのお駒が玉の輿に乘りかけて居る矢先、白旗直八はフト左孝の身の上を嗅ぎ付けて、お駒を脅迫けふはくし、金にも智慧にも餘る難題を持出したのでした。
そればかりか、五日に一度は、例の長さんがやつて來て、ふところに呑んで來た短刀を疊の上につき差して見せたりしては、おきみの逃亡を脅迫けふはく豫防よばうした。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
蝙蝠冠兵衞かうもりくわんべゑ脅迫けふはくはまだ果たされたわけでなく、此の上の用心にガラツ八が泊つてくれるのは、成瀬屋に取つては此の上もない心丈夫なことだつたのです。
かたりのやうな事までして、遊びの金を作つたことを種に、駒次郎を脅迫けふはくして、お舟やお袖と手を切らせ、無理に自分の娘を押付けてゐたことを白状させました。
歡喜天の額の寳珠はうじゆか、それとも活きた人間の眼玉かといふ恐ろしい脅迫けふはくに對して、主人の三郎兵衞はどれだけの覺悟を持つて居るか、それが聽き度かつたのです。
平次は手に取つて眺めて、その打ちふる手跡しゆせきの間から、不思議な脅迫けふはく觀念にをのゝく宗方善五郎の恐怖を覗くやうな氣がして、言ひやうのない不氣味なものを感ずるのでした。
その悲運の中へ、騷ぎがあつて一年ほど經つた去年の二月十七日——腹を切つた先代の主人總兵衞の一周忌に當る日から、白紙の脅迫けふはく状が、毎月一本づつ舞ひ込んで來るのでした。
それは實に恐ろしい脅迫けふはくでした。