胡麻粒ごまつぶ)” の例文
前方の森がいやにひっそりして、漆黒に見えて、そのてっぺんから一むれの小鳥が一つまみの胡麻粒ごまつぶを空中に投げたように、音もなく飛び立ちました。
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
胡麻粒ごまつぶほどな天道虫にでも、神の意志があると信じている。うごく枯葉も、呼ぶ水も、追う風も、伊織の眼には、無心なものである物は一つもなかった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その胡麻粒ごまつぶほどに小さく見える姿をしばらく見上げていた甘蠅が、やがて、見えざる矢を無形の弓につがえ、満月のごとくに引絞ってひょうと放てば、見よ
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
つよい日ざしと海風に顔をさらしたまま、もう胡麻粒ごまつぶほどにしか見えない人の姿とともに、みさきの村を心の中にしみこませるように、いつまでも目をはなさなかった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その岸を歩く童子などは胡麻粒ごまつぶの様だ。けれども今度こんどはドナウが婉々として国土こくどを限ってながれて居るありさまが見える。北方はウイルテンベルクであり、南方はバイエルンである。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
銀色の燈台が限の底に胡麻粒ごまつぶ程に見えたかと思うと、こんどはまるで象の腹のようなものが眼の中じゅうに拡がって、私はずしんずしん地の底に体をゆりさげられているようだった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
不思議なことに向うの山峡やまかいに突然黒い人間らしい者が、殆どそれは胡麻粒ごまつぶくらいの一行がうごいて、旅人のあとを追うているらしい、向い山のおなじ山稼ぎのかい馬介うますけ追手おってであった。
それが、恰度ちょうど青畳の上にかれた胡麻粒ごまつぶのように見えた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
髪のかたちも小さかった。胡麻粒ごまつぶほどの桜の花弁を一ぱいに散らした縮緬ちりめんの着物を着ていた。私は祖母に抱かれ、香料のさわやかな匂いに酔いながら、上空のからすの喧嘩を眺めていた。
玩具 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし、喰われた後は血になって、それが無数に、胡麻粒ごまつぶほどな腫物できものになっていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)