聴者ききて)” の例文
沼南の清貧咄はあながち貧乏をてらうためでもまた借金を申込まれる防禦ぼうぎょ線を張るためでもなかったが、場合にると聴者ききてに悪感を抱かせた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
盲人は懐旧の念に堪えずや、急に言葉を止めて頭を垂れていたが、しばらくして(聴者ききて誰人たれなるかはすでに忘れはてたかのごとく熱心に)
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これは話者はなしての私が東北人であるための身贔負みびいきでもなく、聴者ききての皆さん方が東北人であるからお世辞を申し上げるわけでもありませんのでして、私の偽らざる感想なのであります。
斯様かようにして今夜の話手の、物凄くも奇怪極まる身の上話は終った。彼は幾分血走った、そして白眼勝ちにドロンとした狂人らしい目で、私達聴者ききての顔を一人一人見廻すのだった。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
聴者ききてが熱心であるだけに、弁者べんしゃにも大いに挑発はずみが付いて、忠一も更に形を改めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
有楽座で初めて中将姫を聞いた時よりヨリ若く今宵こよいは見えた。場内は一ぱいになった。頭の禿げた相場師らしいのや、瀟洒しょうしゃとした服装なりの若い紳士や、すずしく装うた庇髪ひさしがみ、皆呂昇の聴者ききてである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今予に耳を借す公衆は、不思議にも柵草紙の時代に比して大差はない。予は始から多く聴者ききてを持っては居なかった。ただ昔と今との相違は文壇の外に居るので、新聞紙で名を弄ばれる憂が少いだけだ。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
月影はこんもりとこの一群ひとむれてらしている、人々は一語ひとことを発しないで耳を傾けていた。今しも一曲が終わったらしい、聴者ききての三四人は立ち去った。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)