空骸むくろ)” の例文
だから彼らは、金堂こんどうの壁画の中ですら平然と火を燃やす。世の中に無用に生きているに過ぎない一個の空骸むくろを暖めるために火を燃やす。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したが私は、誓って終局のかぎが、ベーリング島にあると思うのです。そして、ベーリングの空骸むくろに印された遺書を見るまでは、なんで黄金郷の夢が捨てられましょうぞ
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのまんじゅうの上にのせてある一ツの石こそ、前の年、この禅定寺峠で、犠牲的な死をとげた唐草銀五郎の空骸むくろけた跡の目じるし。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、そういう座間が、さびしそうに微笑んでいる。恋の空骸むくろが、死をもとめるかわりに未踏地をえらんだのだろう。やがて、カークとのあいだにかたい盟約が成りたった。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「——内で、信長の声が聞えたら、信長が自害をとげたものと思え。空骸むくろにはすぐふすまを積み火を加えよ。それまで敵をここへ踏み入らすな」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わずかの間に董太后はふたたび洛陽の帝城に還ってきたが、それはひつぎの中に冷たい空骸むくろとなって戻られたのであった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よろいかぶとも真二つに斬れて、噴血ふんけつ一丈、宙へ虹を残して、空骸むくろはばさと地にたたきつけられていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、俺の立場としては、断じて、生かして置くことはゆるされない。見ていてくれ、今にきっと、喉笛のどぶえを掻っ切られた綽空の空骸むくろが、往来にさらされる日がやってくるから」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこらは滅多に人も踏み入らなければ、かまう者もないとみえ、冬中の雪折れやら朽葉やらまた、鳥の空骸むくろやらが、農家の堆肥つみごえのように春とも見えず腐り積っているのであった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いまは、おなじ空骸むくろとなる身ながら、ひと目、世の面影を、見て果てんものを——と。
いつか唇のよだれを拭く手もきかず、あとは昏々こんこんと仮死の空骸むくろをどこかにほうり込まれていたのだった。すなわち、これは江州地方で“江州の三”と呼ばれるその一の網に引っかかっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)