痘痕とうこん)” の例文
たちまち一種の恐怖に襲われて目をくと、痘痕とうこんのまだ新しい、赤く引きった鉄の顔が、触れ合うほど近い所にある。五百は覚えずむせび泣いた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
右の瘠形の小男と申すは、満面薄き痘痕とうこんばらばらと点じ、目は細く光りてまなじりはきりきりと上に釣り、鼻梁隆起して何となく凸様の顔面をなし候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しかし吾が顔に印せられる痘痕とうこんめいくらいは公平に読み得る男である。顔の醜いのを自認するのは心のいやしきを会得えとくする楷梯かいていにもなろう。たのもしい男だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
という声濁りて、痘痕とうこんてる頬骨ほおぼね高き老顔の酒気を帯びたるに、一眼のいたるがいとものすごきものとなりて、とりひしぐばかり力をめて、お香の肩をつかみ動かし
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
桶屋は黒い痘痕とうこんのある一癖ありそうな男である。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
才学はあつたが、痘痕とうこんのためにかたちやぶられ、婦を獲ることが難かつた。それゆゑ忍んでおこなひなき梅をめとつたのださうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
色黒くまゆ薄く、鼻はあたかもあるが如く、くちびる厚く、まなじり垂れ、ほゝふくらみ、おもてに無数の痘痕とうこんあるもの、ゐのこの如くえたるが、女装して絹地に立たば、たれかこれを見て節婦とし、烈女とし、賢女とし
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)