たぎ)” の例文
どうもいかぬ、唯ちらちらする蘭引のたぎる音につれて、火蛇ひへびの精の嘲笑せゝらわらひが聞えるばかり。彼はわが冥想を亂さうとして戯弄するのか。
錬金道士 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
炭は真白な灰になり、昼間にはたぎり立つてうなりつづけて居た鉄瓶は、それのなかの水と一緒に冷えきつて居た。それも当然の事である。
電話のベルが廊下のあなたに三度四度と鳴らされて行きました。「坩堝るつぼたぎりだした」不図こんな言葉が何とはなしに脳裡のうりうかびました。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
がむしゃらな、一途の激情がたぎり立って来て、抑えようがない。息切れがして、すぐ傍の椅子の中へ落ち込んでしまった。
墓地展望亭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「どうしてもわかりませんですなあ! 旦那様! じゃ、お風呂におはいり下さいまし。よくたぎっておりますから」
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
此奴が崩れた日には、このたぎった牛鍋が何時僕達の頭の上で宙返りをするかも知れない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
サマーデンの村の近くで、枝分れする二条の、左からたぎり落ちるのは、今日私が沿うて旅したベルニナの渓で、その辺では、フラッツバッハ Flazbach と呼ばれる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
龕から射している他界的の光、その中に立っている女方術師、背後うしろで燃えている唐獅子型の火炉、その上にたぎっている巨大な釜、……そうしてキラキラキラキラと、黄金の杖が輝いている。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
不図した些細なハヅミに由つて、私の凭れる廻転椅子は、睡りのやうにユラユラと滑り出しさうになり、そして、白い空虚な部屋の中には、此処にも矢張りもんもんとたぎる蝉のが木魂してゐた。
と、体じゅうに、たちまち、彼らしいたぎりをもった。そして
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思へば胸は悲痛にたぎち、跳ねて狂へば
頭にのぼり、煮え返り、たぎり泡だつ。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
火鉢の上には鉄瓶がたぎつて居た。さうして、陰気な気持は妻の言つたとほりいやな天気から来たものだつた——と、彼は思つた。
その時蘭引はいよいよ、ちらついてきて、たぎうそぶく其聲は、聖エロイ樣の火箸で鼻をつままれた鬼の泣聲によく似てゐる。
錬金道士 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
広袤こうぼう八里のこの大都会の中には無量数百万の生活が犇めき合い、たぎり立ち、いま呱々の声を上げ、終臨の余喘に喘ぐ。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
たぎりたつ激流をいくつか泳ぎわたり、海抜一万六千尺の漂石(氷河が押し出した堆石)の高原で形容を越えた苦難に苛まれながら、千二百里というたいへんな迂回路を一人で歩き通し
新西遊記 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その手で、す早く、たぎつて居る鉄瓶を下したが、再び莟を撮み上げると、直ぐさまそれを火の中へ投げ込んだ。——莟の花片はぢぢぢと焦げる……。そのおこり立つた真紅しんくの炭火を見た瞬間