棘々とげとげ)” の例文
かれは、女のことばが、いちいち、村上賛之丞のかわりになって、棘々とげとげしく、自分に、責め、さからって来るように思われてならない。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町の医者は「それは潔癖症といって一種の精神病患者です」というが、病的というほどの痙攣ひきつって棘々とげとげした感じのものは持っていません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、突然何の予告もなしに、久我鎮子の瘠せた棘々とげとげしい顔が現われた。その瞬間、グイと息詰るようなものが迫ってきた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
また電車のなかの人に敵意とはゆかないまでも、棘々とげとげしい心を持ちます。これもどうかすると変に人びとのアラを捜しているようになるのです。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
鼠に噛じられたような棘々とげとげしい下弦の月の光りと、照明弾と、砲火の閃光のために赤から青へ、青から紫へ、紫から黄色へ、やがて純白へと、寒い
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その声の終わらないうちて凡そ棘々とげとげしたお神さんの声がまた甲高に、真っ向から浴びせられてきた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
その笑いかたには、隣りの座敷にいるお縫が思わず注意をひかれたほど棘々とげとげしさがあった。
猫車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
三郎兵衛さぶろべえはいきなりどなりつけた、棘々とげとげしい刺すような調子だった、そしてまるで人が違ったような意地の悪い眼だった、菊枝はあまりの思いがけなさにかっと頭へ血がのぼり
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
痩せぎすで身丈せいが高く、抜けるほど色が白い、眼は切れ長で睫毛まつげが濃く、気になるほど険があり、鼻も高く肉薄で鋭く、これも棘々とげとげしく思われましたが、口もとなどはふっくりとして優しく
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山々の棘々とげとげしいいただきが、まだ日の冷たい矢を
棘々とげとげした言葉、白い眼。
昼まになっても、日かげの霜ばしらは、棘々とげとげとたったままだし、遠山のひだには、まだある雪が薙刀なぎなたのように光っていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、奇妙に脂ぎっていて、死戦時の浮腫ふしゅのせいでもあろうか、いつも見るように棘々とげとげしい圭角けいかく的な相貌が、死顔ではよほど緩和されているように思われた。ほとんど、表情を失っている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
暗い奥のほうで棘々とげとげした声が聞こえたかと思うと
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
彼のその夜の眠りはまどかであった。あくる日となっても、なお嬉々ききたる子たちや、貞節な妻の笑顔は、どれほど彼の棘々とげとげしい心をなだめていたかしれない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微笑の中に妙に棘々とげとげしいものを隠して、相手に向けた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうして、浮かない顔は持って帰ったが、しかしその晩、家では彼も、さあらぬ振りして、妻の金蓮にもさからいなどはしなかった。いや近頃の金蓮には以前のような棘々とげとげしい目かどは見えない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
棘々とげとげしい語気で、熊城が遮った。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「そう棘々とげとげしくいうな。もうおまえと馴染なじんでから小一年、おれの気持もわかったはず、お甲はとうに承知なのだ。おまえがおれに従わないのは、おれに腕がないからだとあの養母おふくろはいっている。……だから今日は」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)