忠通ただみち)” の例文
関白忠通ただみちと、悪左府頼長の争いは、その典型的なものであり、朝廷方、院方と分れて、しかも骨肉相戦う、保元の乱を、招来する。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三浦の祖で鎮守府ちんじゅふ将軍であった三浦忠通ただみちという人の名が出て来た。衣笠城きぬがさじょうを築き、この三浦半島を領していた三浦平太夫という人の名も出て来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はその夜すぐに関白忠通ただみち卿の屋形に伺候しこうして、世にめずらしい才女の現われたことを報告すると、関白もその歌を読みくだして感嘆の声をあげた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
応保おうほうの夏には美福門院の生命をちぢめ、長寛ちょうかん二年の春には忠通ただみちに祟ってこれを殺し、われもその年の秋にはこの世を去ったが、死後なお憤りの火がさかんにもえつづけて消えないままに
右のハツカグサは二十日はつか草で、これは昔、藤原忠通ただみちの歌の
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
その時の白馬の貴人は、九条関白忠通ただみち公で、縁といおうか、不思議といおうか、慈円じえん僧正の父君であった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一一九応保おうほうの夏は美福門院びふくもんゐんいのちせまり、長寛ちやうくわんの春は一二〇忠通ただみちたたりて、われも其の秋世をさりしかど、なほ一二一嗔火しんくわさかんにしてきざるままに、つひに大魔王となりて、三百余類の巨魁かみとなる。
うじノ長者、太政大臣関白、藤原忠通ただみちが、これから、摂政をも兼ねることになる。
生むところの近衛帝を立てるために、崇徳天皇の退位を余儀なくさせ、後また、近衛の立后問題では、左大臣頼長と摂政忠通ただみちとの、深刻な争いを助成し、ついに、保元の乱の陰因をなした。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊賀守藤原為業いがのかみふじわらためなりといい、地方官のならいとして、任地に居住しているが、そのことの不便ばかりでなく、為業は、とかく中央の政令に添わないことが多く、関白家の忠通ただみちも、左大臣頼長も