“美福門院”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
びふくもんいん75.0%
びふくもんゐん25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
そのとき父俊成は四十九歳、定家には七歳上の兄成家(なりいえ)がある。母は美福門院(びふくもんいん)の女房加賀(かが)といって、はじめ皇后宮少進藤原為隆(ためたか)の妻であった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
鳥羽の寵姫、美福門院(びふくもんいん)は、すでに、幼帝近衛の御母であり、ここにまた、女院政治すら行われそうです。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
体仁早世(さうせい)ましては、朕(わ)が皇子(みこ)の五四重仁(しげひと)こそ国しらすべきものをと、朕(われ)も人も思ひをりしに、五五美福門院(びふくもんゐん)が妬(ねたみ)に五六さへられて、四の宮の五七雅仁(まさひと)に代(よ)を簒(うば)はれしは深き怨(うらみ)にあらずや。
一一九応保(おうほう)の夏は美福門院(びふくもんゐん)が命(いのち)を窮(せま)り、長寛(ちやうくわん)の春は一二〇忠通(ただみち)を祟(たた)りて、朕(われ)も其の秋世をさりしかど、猶(なほ)一二一嗔火(しんくわ)熾(さかん)にして尽(つ)きざるままに、終(つひ)に大魔王となりて、三百余類の巨魁(かみ)となる。