忍音しのびね)” の例文
思わず、忍音しのびねを立てた——見透みすかす六尺ばかりの枝に、さかさまに裾を巻いて、毛をおどろに落ちかかったのは、虚空に消えた幽霊である。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狭山はやがて銚子ちようしを取りて、一箇ひとつの茶碗に酒をそそげば、お静は目を閉ぢ、合掌して、聞えぬほどの忍音しのびね
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
男はやみの中にも、遂ぞ無い事なので吃驚びつくりして、目をまろくしてゐたが、やがてお定は忍音しのびね歔欷すすりなきし始めた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お勢は返答をせず、只何か口疾くちばやささやいた様子で、忍音しのびねに笑う声が漏れて聞えると、お鍋の調子はずれの声で「ほんとに内海うつ……」「しッ!……まだ其所そこに」と小声ながら聞取れるほどに「居るんだよ」。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
男衆は両手を池の上へ出しながら、橋の欄干にもたれて低声こごえで云う。あえて忍音しのびねには及ばぬ事を。けれども、……ここで云うのは、じかに話すほど、間近な人に皆聞える。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
糸より細い忍音しのびねの……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)