後楽園こうらくえん)” の例文
岡山は備州びしゅうの都、池田氏の城下町で、黒い烏城うじょうの姿と、緑の後楽園こうらくえんとは、おとのう者にとって忘れ得ない景色であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
後楽園こうらくえんこいりにつてたなんてこと、まりがわるくてひとはなせやしない。だから、映画えいがていたなんていつちまつたのだが、ともかく、コリゴリだ。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
後楽園こうらくえんのさくらや、常盤木ときわぎをこえて、富士がよく見えた。江戸城も南に望まれる。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水戸の天狗党てんぐとうがいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園こうらくえんに呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立て申しましょうと答えて
あるときは、隅田すみだ川の乗りあい船のかたすみに、うずくまっていたこともあります。またあるときは、後楽園こうらくえん野球場のスコア・ボールドの上に、ほおづえをついて、ねそべっていたこともあります。
宇宙怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鉄砲洲てっぽうずなる白河楽翁公しらかわらくおうこう御下屋敷おしもやしき浴恩園よくおんえんは小石川の後楽園こうらくえんと並んで江戸名苑の一に数えられたものであるが、今は海軍省の軍人ががやがや寄集よりあつまって酒を呑む倶楽部クラブのようなものになってしまった。
江戸小石川のやしきの裏、ひろい後楽園こうらくえんのわきに、桜の馬場がある。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)