幻像まぼろし)” の例文
口一つきかない葉子自身の姿……そんな幻像まぼろしがあるいはつぎつぎに、あるいは折り重なって、灰色の霧の中に動き現われた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その氷山の嶋嶋から、幻像まぼろしのやうなオーロラを見て、著者はあこがれ、惱み、悦び、悲しみ、且つ自ら怒りつつ、空しく潮流のままに漂泊して來た。
氷島 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
女優が亭主持になると、人気が衰へはしまいかと気遣ふのは詰らぬことで、女優はどんな境涯にゐても、自分を美と蠱惑こわく幻像まぼろしだといふ覚悟を忘れてはならぬ。
何のじょうを含みてかわがあたえしくしにジッと見とれ居る美しさ、アヽ此処ここなりと幻像まぼろしを写してまた一鑿ひとのみようやく二十日を越えて最初の意匠誤らず、花漬売の時の襤褸つづれをもせねば子爵令嬢の錦をも着せず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
妄想まうさう、妄想——今の患者の眼に映つた猫も、君の眼に映つた新平民も、みんな衰弱した神経の見せる幻像まぼろしさ。猫が捨てられたつて何だ——下らない。穢多が逐出おひだされたつて何だ——当然あたりまへぢや無いか。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
見わたすかぎり地上の風景はまどろんでゐる。けれど天空は息づいてをり、万象ものみなが奇しくも、荘厳である。そして人間の魂の奥底にも銀いろの幻像まぼろしが際限もなく、いみじき諧調をなして群がりおこる。