啜泣すすりな)” の例文
彼女は手で顔をおおうて、自分の生涯を思い出しては半ば啜泣すすりなくという風であった。一寸ちょっと縁側へ出て見て、復た叔父の方へ来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
啜泣すすりなきになろうとするのをじっと堪えた。……不断は柔和で打ち沈んだ父だったけれども何んという男らしい人だったろう。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
啜泣すすりなきを押えようと努める喰いしばった口元、しかめた額、こわばった頬などが、動く灯かげをうけて、痛ましくも醜く見えた。彼の胸は、八裂やつざきにされそうに辛かった。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
暫くして彼女は、同じ言葉を前よりもかすかに繰返した。それから間もなく泣く声が洩れた。夫は二言三言彼女を叱つた。その後でも彼女の啜泣すすりなきは、まだ絶え絶えに聞えてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
(泣くな、わい等、)とわめく——君の親方が立女形たておやまで満場水を打ったよう、千百の見物が、目も口も頭も肩も、幅の広いただ一にんの形になって、啜泣すすりなきの声ばかり、誰が持った手巾ハンケチ
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何處どこかではかたパンをかじる鼠が練絹ねりぎぬのカアテンにひそんで啜泣すすりないてゐるだらう
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
この瞬間、何ものかの啜泣すすりなく響が、彼の耳もとをとぎれとぎれに過ぎていた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
少年は腑に落ちなさそうに、老文豪のこうした素振に見とれていたが、ふと微かな啜泣すすりなきの声を聞きつけて、あたりを見廻すと、それは娘さんのせいだとわかった。娘さんはそっと室から滑り出た。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
蒼白き啜泣すすりな
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
彼はその四つの墓銘をありありと読み得るばかりでなく、どうかすると妻の園子の啜泣すすりなくような声をさえ聞いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、その両肱りょうひじたなのようなものに支えられて、ひざがしらも堅い足場を得ていた。クララは改悛者かいしゅんしゃのように啜泣すすりなきながら、棚らしいものの上に組み合せた腕の間に顔を埋めた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「母への手紙」を素子が抑揚うつくしくよめば、伸子の胸にもエセーニンの魂の啜泣すすりなきがつたわった。去年あたりからソヴェトの一部の人々はやかましく、エセーニンへの愛好を批判している。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
みにくいほど血肥ちぶとりな、肉感的な、そしてヒステリカルに涙もろ渡井わたらいという十六になる女の生徒が、きたない手拭を眼にあてあて聞いていたが、突然教室じゅうに聞こえわたるような啜泣すすりなきをやり始めた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)