にはか)” の例文
書斎に掛けたる半身の画像こそその病根なるべきを知れる貴婦人は、にはか空目遣そらめづかひして物の思はしげに、例の底寂そこさびし打湿うちしめりて見えぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
金澤氏六代の増田東里には、弊帚集へいさうしふと題する詩文稿があることを、蒼夫さんに聞いた。わたくしはにはかに聞いて弊帚の名の耳に熟してゐるのを怪んだ。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
貫一はいそがはしく出迎へぬ。向ひて立てる両箇ふたり月明つきあかりおもてを見合ひけるが、おのおの口吃くちきつしてにはかに言ふ能はざるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わたくしは初めにはかに紀行の此段を読んで、又すこしく伊沢氏が曾て山陽をやどしたと云ふ説を疑はうとした。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼はその身のにはか出行いでゆきしを、如何いか本意無ほいなく我の思ふらんかはく知るべきに。それを知らば一筆ひとふで書きて、など我を慰めんとはざる。その一筆を如何に我の嬉く思ふらんかをも能く知るべきに。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)