剥脱はくだつ)” の例文
このままの形で降ったものか、それとも大きな岩塊の表層が剥脱はくだつしたものか、どうか、これだけでは判断しにくいが、おそらく後者であろう。
小浅間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これは私の想像であるが、今より百年あるいは二・三百年経った後、この漆が剥脱はくだつして、もとの木肌があらわれたとき、その色彩と陰翳いんえいはいかばかりすばらしいであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
若い時の白内障しろそこひが、身體の異常な衝動シヨツクで、混濁こんだくした眼の水晶體が剥脱はくだつし、覺束なくも見えるやうになるといふ例は、淨瑠璃じやうるり壺坂靈驗記つぼさかれいげんき澤市さはいちの例でも證明されることです。
然れども武門の栄華は平民に取りて幸福を剥脱はくだつする秋霜なり、盆水一方に高ければ、他方に低からざるを得ず、権力の積畳せきでふせし武門におのづからなる腐爛生じ、しかして平民社界もた敗壊し終れり
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
すぐ眼の前に隣家の小さな土蔵が見え、屋根近くその白壁の一ところが剥脱はくだつしていてあら赭土あかつちを露出させた寂しい眺めが、——そういう些細ささいな部分だけが、昔ながらの面影をたたえているようであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ひとみもなくただ真白い眼というものは不思議だ。彩色が剥脱はくだつして、底の白い色のみが残ったのだという。法隆寺金堂の釈迦しゃか三尊とちがって、木造の故か、鳥の作としても柔い感じを与えられる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
私は塔をみあげながら金堂の後をまわって、案内人に導かれつつ慎んでとびらの内へ入ったのである。仄暗ほのぐらい堂内には諸々もろもろの仏像が佇立し、天蓋てんがいには無数の天人が奏楽し、周囲には剥脱はくだつした壁画があった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)